コンピュータが人を助けることで世の中を良くしたい

――エバーノートが人の記憶を助けてくれるのですね。

 エバーノートは保存する場所ではなく、知恵をつける場所です。いいと思って取っておいた情報が振り返ってみると、点と点が繋がっていることがあります。エバーノートは点を繋がりに気づかせてくれるツールです。自分の脳の活躍を助けてくれれる、補助脳であると思っています。

 私は常々コンピュータは人を助けるツールであると考えています。アップルに入社したのも、ナレッジ・ナビゲーターに代表される「コンピュータが人を助ける、賢くする、楽にするという」考え方が好きだったからです。しかしながら、1995年から2005年くらいまでの10年ほど、そういった成長はまったくと言っていいほど止まってしまいました。逆にこのデータベースにはこういうデータを入れろ、といったように「コンピュータに人が合わせる」ことになってしまいました。本当は「あれをやればよかった」「あー、これ忘れてた」といった時に、すっとコンピュータが手助けをしてくれる、そんな進化を遂げるべきでした。しかしながら、ようやくiPhoneが出た頃から「コンピュータが人を助ける」ソリューションが徐々に増えてきました。エバーノートもそういう存在だと思ったので、これはいけると確信しました。

 

――最初の会社の後はずっとIT業界に身を置いておられます。やはり「コンピュータが人を助ける」ものであるべきという信念によるものでしょうか。

 一生をそれに捧げようというつもりでもありませんが、いちユーザーとして機械に人が合わせるのはおかしいだろうと思うのです。実は日本社会についても同様に、決まりごとに人間が合わせすぎていると思います。情報保護といってラップトップを会社に置いていく、危険だといってクラウドではなくハードディスクに保存する。行き過ぎた世の中です。コンピュータのパワー不足、リソース不足で仕方なくそうしたという面が過去にあったのは分かりますが、そうしたハード面は飛躍的に向上しています。なのに日本は、昔のきまりに自分自身が縛られているケースが多いと思います。

 たとえばオンライン・バンキングを例にとれば、日本の大手銀行でも見た目も機能も手数料の取り方も、10年前からほとんど変わっていませんよね。世界的に見ればありえないことです。週末の夜にはメンテナンスでしばらく使えないという事態もいまだにあるし、たった過去数ヶ月分しか取引をさかのぼって見れなかったり。「今どき何を言っているの?」と首を傾げたくなります。

 

 1996年、私がApple Japanで広告を担当した時、広告代理店にかなり反対されながらも、「メーカーの理論よりも、ユーザーの実感のほうが、はるかに正しい」というコピーをつくり、TVと新聞広告に思い切って添えたことを思い出します。ユーザーの立場からすれば、メーカーの都合や機械の都合に合わせなくてはならないのは我慢できません。今の時代、昔よりもっと余計なお世話を焼いたとしても安くできるはずなのに、高くて不便なままなのです。シリコンバレーでは、後発が優れた廉価なものを投入するために、どんどん変革が起こっています。私は、そういった世の中で起きていることを伝え、また製品を作って皆さんに渡すことで、知らないがゆえに不便をかこっている人を目覚めさせ、もっと便利な世の中をつくりたいと思っています。仕事の能率が上がれば、父親が早く帰って子どもと遊んであげられる。あるいは勉強の苦手な子どもが、分かりやすく学べることで自信をつけられる。そういった、人間社会がプラスの方向に進んでゆくようなソフトウェアやサービスを生み出したいと願っています。