日本を愛してやまない人と働く喜び

――利用者に直接訴えかけたことで、ユーザーが増える結果に繋がったのですね。

 そうです。その結果、エバーノートの本格的な日本進出が具体化し、私も週1のアドバイザーから週の半分をコミットしてほしいという要望を受けました。ほかにも仕事を抱えていましたから、その時の私にはそれが精いっぱいでした。
 2010年3月3日。それが日本にて初めての記者会見を行う日となりましたが、当初は夏にリリースを予定していた日本語化もそこに間に合わせよう、ということになりました。まず予定より前倒しして日本語化を、そのあとに日本法人の設立と続きます。
 ただ本格的に日本進出となると、日本で信頼を得るためには、よいパートナーと客観的なエンドースメントが必要だと考えました。日本語化発表時に足並みを揃えてくださった日本の大手企業が、SONYとキヤノン電子でした。SONYの<VAIO>にエバーノートがバンドルされ、またキヤノン電子のスキャナがエバーノート対応製品として、この日に同時に発表していただくことができたのです。特にキヤノン電子の担当者は2か月半という短期間であっという間に事を進めてくださって、外箱にEvernoteロゴまでいれるという早業で、日本にも意思決定の素早い人はいるんだと実感しました。このように、いくつかのハードウェア会社をパートナーとした上で、エバーノートの解説本をインプレス社から出してもらいました。所詮アメリカのベンチャー企業ですから、日本で紙の解説書が出るというのが非常に重要だと考えました。日本人は勉強熱心で機能を隅々まで使おうとされるし、また解説書が日本の出版社から出ていることによって、お墨つきが得られるのです。
 そしていよいよローンチ。エバーノートが3社目だったフィルですが、実は記者会見は初めて開いたそうで、80人ほどのプレスの前で真っ赤になっていましたね(笑)
 その後もユーザーは増え続け、3か月後には日本法人も設立を発表。フィルも3カ月ごとに理由をつけては来日し、新しい製品やパートナーの発表、さまざまなキャンペーンを展開してファンを拡大してゆきました。日本での反応がとてもよかったため、とうとうフィルから「エバーノートに100%の力を注いでほしい」と言われ、日本法人設立の発表会で、日本法人の会長に就任したと発表しました。

――数あるシリコンバレー企業の中で、最終的にエバーノートに加わったのはなぜですか。

 なんといっても働いている人がとても魅力的でした。フィルだけが脚光を浴びがちですが、彼だけでなく、アレックスも誰も彼もが好人物。キャラクター的に愛すべき人が圧倒的に多かったのです。フィルはすごく思いやり深くて、当時はそこまで余裕がなかったのに、感謝をこめて大盤振る舞いしてくれることもよくありました。また、アレックスも若いけれども非常に礼儀正しく、配慮のできる人物です。VPやその家族たちが集まったディナーがあった時にも、ディナーの後でわざわざ私の妻にあいさつしに来て、「日本のことはヒトシがいて、本当に助かっている」と感謝の言葉を直接伝えるような、そんな温かい人柄でした。エバーノートにはそういった人が多くいました。
 それに、みんな日本を好きだと言ってくれていましたしね。ほかの会社だっていい人はいましたが、これだけ日本を愛してくれているシリコンバレーの企業はなかなかありません。日本を高く評価してくれて、日本についていろいろ聞いてくれるのもうれしいことでした。ここに力を尽くそうと思ったのはそういう点でした。

――日本好きはフィルだけではなかったのですね。

 そうです。元々の経緯もあってロシア人が多かったのですが、私自身はロシア人について、良くも悪くもイメージがあまりなかったのです。でも、彼らと接してみてロシア人の印象はすごくよくなりました。「おーいお茶」をコストコに買いに行ったり、どこの寿司屋が旨かったとか、しょっちゅうそんな話をしてくれます。ちなみに、今やシリコンバレーではGoogleでもFacebookでも、「おーいお茶」が大人気になっていますが、その火付け役は実はエバーノートでした。
 フィルがエバーノートに入る際には、ステファンがお寿司屋さんで面接をしたそうです。フィルが塩辛とかそういったものを食べるか試したら喜んで食べたので、晴れて迎え入れられた、なんて逸話もあります(笑)その時のお寿司屋さんのご主人が、レッドウッドシティの新社屋のカフェテリアで、毎週水曜日約1年に渡ってお寿司を握ってくださっていて、それもエバーノートの名物の一つだったんですよ。そう、ステパンの時代から日本好きは多かったのです。
 ほかにもカメラはキヤノン、車はレクサス、ウイスキーは竹鶴と山崎、といった具合にフィルは日本が大好きです。調律師の父親からピアノはYAMAHAが最高峰だと聞かされていたので、彼自身は演奏できないにもかかわらず、高価なディスクラビア(自動演奏機能付きピアノ)を購入したほどです。これほどまでに日本を愛してくれる人たちと働けるのは幸せなことです。

つづく

後編は、外村さんが理想とする社会の実現に向けて語っていただきました。お楽しみに。