しかし、ここにパラドックスがある。パフォーマンスとしての人生を生きることは、ストレスや不幸をもたらすだけではない。パフォーマンス自体を平凡なものにしてしまうのだ。

 何かで成果を上げたいなら、人はオープンな意識で、実験精神を持ってそのことに向き合う必要がある。試行錯誤を重ね、どんな結果になろうとも、それを受け入れ学ばなくてはならない。

 いったん望み通りの結果を得たなら、今度はそれを見直し、別のことを試みる必要がある。最も優れたパフォーマーは、生涯にわたって学び続ける人であり、同時に、常に新しいことに挑戦する人だ。その過程では必然的に、よい結果を出せないことが多い。そして、ときには予想もしなかった輝かしい成果を手にすることになる。

 もしあなたが人生をパフォーマンスと見なすなら、失敗は痛ましくて恐ろしいものになり、それ以上実験を続ける気をなくしてしまうだろう。しかし、人生を経験と見なすなら、失敗は経験の一部にすぎない。では、パフォーマンスと経験の違いはなんだろう? あなたの頭の中を覗けばわかる。

 あなたは自分をよく見せようとしているだろうか? 他人を感心させたい、あるいは何かを獲得したい、と願っているだろうか? 支持、承認、称賛を求め、嵐のような拍手を浴びたいだろうか? こういったものを手に入れられない時には、苦痛を感じるだろうか? だとしたら、あなたはたぶんパフォーマンスを行っている。

 その反対に、何かを経験しているなら、その何かがもたらす感覚を探り、味わっているはずだ。その経験が何をもたらすのかを、ただ見ようとしているのだ。

 経験においては、マイナスの結果とプラスの結果の両方を受け入れることができる。もちろん、支持や承認、称賛を受けるのは気持ちがいいものだ。しかしそういったことが成功をもたらすのではない。成功は、あなたがその経験に没頭しているかどうかによって決まる。結果のいかんにかかわらず、そこから学べるかどうかで決まる。経験においては、どんな結果になろうとも、そこから必ず得るものがあるのだ。