このように、市場が成熟するにつれて、コスト戦略も差別化戦略も次第に優位性を失い、企業を疲弊させてしまうものです。そこで今求められているのは、市場の構造を所与のものとして捉えるポーターのモデルではなく、競争の次元そのものを常に革新していくようなダイナミックなモデルなのです。

 そもそも顧客は、価値が高く、かつ、コストが安いものを本質的に求め続けているのです。だとすると、企業側も、コストか価値かという二者択一な問いから、コストと価値を両立させるにはどうすればいいかという本質的な問いかけへと発想を転換する必要があります。その際に、ポーターが指摘したように、中途半端にならないよう差別化と低コスト化を同時に追求することによって、等価双曲線が増価するような正のスパイラルを目指さなければなりません。

イノベーションのジレンマ

 価値とコストの関係をダイナミックに捉えなおしてイノベーションの構造を解明しようとしたのが、同じくハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授でした。クリステンセン理論によると、低コストの代替品が高付加価値品並みにパフォーマンスを高めることによって、イノベーションが生まれるとされます。これに対し、高付加価値な立ち位置から低コストを目指そうとしても、バリューチェーン全体が高コスト構造になってしまっているために限界があると説きます。これが「イノベーションのジレンマ」と呼ばれる現象です(2)。

 確かに、イノベーションのケースの多くは、このクリステンセン・モデルで説明しやすいでしょう。たとえばコンピュータ業界では、汎用機がワークステーションやパソコンに置き換わり、しかもそのパソコンも最近では、ネットブックという300ドルを切るような低コスト・モデルに置き換わりつつあります。同様の事例は、磁気テープからSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)へ、交換機からルーターへ、カーナビからPND(パーソナル・ナビゲーション・デバイス)へなど、ハイテク製造業では枚挙に暇がありません。

 サービス産業に目を転じても、同様の現象はよくみられます。小売業界における、百貨店からGMS(総合スーパー)、そしてSPAやカテゴリーキラーショップへの消費のシフトなどです。また、金融業界や物流業界における、専用店舗サービスから、無人店舗やコンビニ店舗へのシフトなども同様です。メディア業界においても、コンテンツを、新聞、書籍、DVDなどの物理的な媒体を介して売るモデルから、オンラインで流通するモデルへと急速に移行しています。