しかし、このイシューは深刻な2つの難しさをはらんでいます。第1の困難は、経済的価値オンリーから、経済性と社会性が統合された価値へと戦略理論の従属変数を変更することが、戦略理論そのものの意味を変えてしまうこと。そして第2の困難は、技術的にその統合的価値を一体どのように測定できるのか、ということです。特に第1の点は戦略理論の枠組みを根本的に変えてしまうことともいえるので、様々な意味でハードルが高いですね。

ポーターもこれまでの主張を変えてきたのですね。

 ポーターも利益最大化の概念世界で閉じていると、戦略論は後々破綻していくと感じたのでしょうか。クレーマーと組んで「Strategy & Society」や「Creating Shared Value」のような論文を書いたのだと思います。ただ興味深いのは、これら一連の著作の中でも、ある矛盾は解消されていないのです。端的に言うと、おそらくそれはポーターとクレーマーという共著者のスタンスの違いに起因していると思われます。

 CSVの論文を仔細に読むと、共有価値の定義として、「社会的価値(社会の抱えるニーズや問題の解決)をも創造する方法で経済的価値を創出すること」や「経済的成功を達成する新しい方法」という表現を用いて、社会的価値の創造が経済的価値創造の「手段」であると示唆する一方で、「企業の目的は利益創出そのものではなく、『共有価値の創造』と再定義されなければならず」、「共有価値とは社会的価値と経済的価値の総合計を最大化すること」と述べ、著者らにも混乱があるように見えます(詳細は岡田正大(2012)「戦略理論の体系と『共有価値』概念がもたらす理論的影響について」『慶應経営論集』, 29(1): 121-139.およびこちらを参照)。つまり彼らが指摘するように「いまだ我々はこの新しい努力を導く新たな枠組みを」示す明確な答えに到達していないのです。