他人を受け入れることは、優れたマネジャーにとって重要な――おそらく最も重要な――責任である。販売担当マネジャーであれば、なおさらだ。「優れた」以前に「良き」マネジャーであるためにも、それは重要なスキルだといえる。いや、それ以前に、人々が他者と共同体を成して生きる限り、互いに認め合うことは人間としての基本的な責任なのだ。

 私がこう言えば、次のような反論が返ってくるだろう――「我々は仕事でも生活でも忙しすぎるんだ。社交辞令に費やす時間などない」。「部下からの返信をそれほど欲しがるジョンは、たぶん優秀なCEOではないのだろう」。「彼はデジタル時代の常識を知らない。いまはメールに返信しなくても問題はないんだ」。「ティムが自分の仕事をよくやっているなら、それで十分ではないか。人は仕事をする見返りに給与をもらっているのだから、そのうえほめてもらう必要などない」。「CEOからの温かいメールにお礼の返信をすることに、ごますり以上の意味はない」。

 私は、どの意見にも賛成しない。「ありがとう」と返信するのに必要なのは、時間ではなく思いやりだ。ジョンは優秀なCEOであり、スタッフや役員、株主に好かれている。ジョンは彼らのために高い成長率を達成し、優れた結果を出している。テキストメッセージであれメールや電話であれ、誰かからのコミュニケーションに答えないのは、「常識」とは呼べない。むしろコミュニケーションの根本的な破綻を意味している。この点については、私も人々からしばしば不満を聞かされる。ティムは仕事のある部分についてはきちんとこなしているかもしれないが、周囲の人々を受け入れていないのなら、「よくやっている」とはいえない。それに、「ありがとう」と返信するのはごますりではなく、素敵な行為だ。

 デジタルな要素を取り払って考えれば、もっとわかりやすい。面と向かって誰かを称賛した時、相手が何も言わずにスタスタ行ってしまったら、あなたはどう感じるだろう? 不愉快なはずだ。

「ありがとう」――心をこめてそう言えば、とても気分がいい。その言葉を受け取った人だけではなく、伝えた本人もだ。そしてお礼を言うことは、仕事の一部でもある。100通ものメールに目を通していれば、その1通1通の背後に書き手が存在することをつい忘れがちになる。

 ティムは、ジョンの心配りを理解せず、その胸中を察しないという失敗を犯した。私は、同じ間違いをしたくないと思う。

 そこで、来たる感謝祭を前に、読者の皆さんに「ありがとう」と伝えたい。私は毎週、自分の人生に――そして願わくは、あなたの人生にも――何かをもたらせるよう、このブログにアイデアや気持ちを綴っている。その際に、自分が脆くむき出しになるような不安を感じることがある。

 そんな不安を和らげてくれるのは、読者から寄せられる関心や共感だ。あなたからのサポートは、ブログを書き続けるうえで何よりも励みとなる。伝えなくてはならないと私が考えることに皆さんが興味を持ち、貴重な時間を費やしてそれを読み、コメントを書き込んでくれることは、私にとって大きな贈り物だ。とてもうれしく、ありがたく感じている。皆さん、ありがとう。そしてどうか、素敵な感謝祭を過ごしていただきたい。


HBR.ORG原文:Do You Really Need to Say Thank You? November 21, 2012

 

ピーター・ブレグマン(Peter Bregman)
CEOおよびリーダーにアドバイスを行う戦略コンサルタント。最新刊は『最高の人生と仕事をつかむ18分の法則』(日本経済新聞出版社)。