「薄利多売」では成長戦略にならない

 日本企業には戦略がない、という批判は多い。たとえば戦略論の第一人者であるマイケル・ポーターも1996年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』で、日本企業はオペレーションの効率化を戦略と勘違いしていると指摘し、戦略の本質 は「何をしないか」を選択することにある、と述べている。バブル崩壊以降、日本企業の経営者の多くが「選択と集中」という言葉を口にしたが、それを実現させた事例はあまり多くない。

 ポーターは、戦略を「ポジショニング」の観点から定義している。同質的な過当競争が起きるような領域に陣取っていては儲かるはずがない。他社と差がつくくらいのコスト・リーダーシップをとるか、価格を高く取れる差別化を選ぶか、または他社が参入しないようなニッチ領域に独占的に陣取るしか、持続的に高いリターンを得る方法はないというのが、彼のいう3つの基本戦略である。

 全盛期の日本企業は、ポーター理論を覆さんばかりの勢いで世界市場を席巻した。日本企業同士の同質的な競争で「いいものを安く」供給し、欧米の老舗企業を次々と撤退に追いやり、まさに破竹の勢いに見えた。しかし、そこに戦略はなかったのである。欧米の経営学者には理解できなかったことに、日本企業の多くは「リターンを最大化する」という目標すら持っておらず、「薄利多売」「豊作貧乏」のままでシェア争いを続けていった。

 戦後の日本企業の成長は、銀行グループを通じた間接金融によって支えられており、株主からの直接金融という側面は軽視され続けてきた。このため、株主利益の最大化という(欧米企業にとっては大前提の)目的は隅に追いやられ、売上・シェアの成長に向かって走り続けた。多くの企業は前年比で「増収・増益」、ただし利益率はコンマ数%のダウンという決算を繰り返し、それで高業績であると賞賛された。そして、三品和広・神戸大学大学院教授が著書『戦略不全の論理』(東洋経済新報社)で指摘したように、日本企業は1970年以降40年にわたって利益率を徐々に低下させ続けた。「物言わぬ株主」は利益率が多少低下しても文句を言わず(そもそも株式は持合いなのでお互い様)、「薄利多売」へのブレーキはかからなかった。

 シェア拡大がなぜ重要なのかという議論は、1960年代の米国の経営理論に端を発する。累積生産量が上がれば上がるほど生産コストが低下するという「経験曲線」効果が発見され、シェアが高い企業は他社との累積生産量の差がどんどん広がるために、生産コストでつねに優位に立てるということがわかった。つまり、シェアが高いほど利益率が高まるのである。この論理を応用すると、市場の立ち上げ期に利益を犠牲にしてでもシェアを拡大しておいて、その後に高い利益率を獲得するという戦略が成り立つことになる。日本企業が破竹の勢いだったころ、欧米ではこのような見方がなされていた。しかしながら、当の日本企業にはそこまでの深謀遠慮はなく、単にいつまでも横並びの「薄利多売」を続けただけであった。やはり戦略はなかったのである。