30年後を見通したビジョンの必要性

 事業部ごとのボトムアップ型の事業計画は必ず「現状肯定型」になる。自分たちが過去数年やってきたことを自分たちで否定するはずがないからである。仮に業績が頭打ちになってきたとしても、何らかの特殊事情、もしくは戦術レベルの誤算が原因であって、事業部の存立基盤には何ら問題がないと結論づけ、戦術レベルの対策のみに専念する。

 業績が頭打ちになっている事業の場合、原因の多くは市場環境の変化に対応できなくなっている点にある。かつては市場ニーズに適合し、競合の脅威も少なく、最適な技術を活用してきた事業であっても、市場ニーズが高度化・細分化し、新興国の競合がキャッチアップし、代替的な技術も登場してくれば、成長はたいてい鈍化する。このように「過去」と「現在」を比較すれば、自社事業のポジションが劣化していることは明らかであるが、当事者である事業部はそのことを認めない。表面上の業績を糊塗するために、隣接領域に進出して売上をかさ上げし、自社の得意領域から離れて戦うために利益率のさらなる低下を招く。何年かのあいだは、それで業績低下に歯止めをかけたように見せることができたとしても、本質的な課題は解決されないままとなる。

「過去」と「現在」を比較する手法の限界はここにある。劣化したポジションを何かで埋め合わせれば、当面の間は生き延びられるような気になれる。しかし、それは中間管理職の目線でしかなく、成長戦略にはなりえない。経営リーダーの目線に立って成長戦略を考えるならば、逆に「将来」と「現在」を比較することが重要になるのである。

 当該事業の将来の市場環境はどうなっているだろうか。市場のどのセグメントが成長し、どのようなニーズが重視され、どのような競合が参入し、どのような技術が利用可能になっているか。そのなかで、自社事業が「今のまま」のポジションを続けていけばどうなるのか。逆に「望ましい」ポジションにたどり着くためには何をしなければならないのか。このようなことを構想するのである。こうした着眼をすることによってはじめて、「今のまま」のポジションに固執していてはダメになる、という現状否定が可能になる。

 日本企業ではとくに、「和を以て尊しとなす」という共同体的な組織運営がなされるために、現状否定によっておこる軋轢を避けようとする傾向が強い。しかし、現状がずるずると地盤沈下を起こしているならば、誰かが現状否定の声を上げなければならない。他の部門は、無用な軋轢を避けようとするので、そうした声を上げてはくれない。事業部自らで現状否定をするか、経営層がトップダウンで現状否定をするしかない。そうした現状否定を前向きなかたちで行うために必要なのが、「将来」を構想することなのである。

 では、どの程度の「将来」を構想すればよいのだろうか。そこで本連載では、30年後の将来を構想するところから入る。30年後くらいまでであれば、世界の人口統計(デモグラフィ)から、大きな方向性が予測できるからである。逆に言えば、それより先の将来のことはさすがに予測が困難である。つまり、ある程度の根拠をもって見通せる最大値は、30年程度ということになる。ここまでロングレンジで構想するのであれば、世界景気のサイクルや為替、個別の技術トピックなどは、短期的要因として捨象してもかまわない。多少の曲折はあったとしても、「進んでいく方向性はこちらだ」と見通せればよいのである。

 もちろん、30年の長期経営計画を立てようと言っているのではない。30年後の世界のメガ・トレンドがどちらに向かっていくのかをまず理解することが重要であり、それをもとに各社・各業界の事情に応じた長期経営計画を構想し、そこに向かっていくための変革プランを立案していけばよいのである。