企業の理論における「企業」は企業ではない

「企業の理論」がその本来の領域にとどまっている限り、企業の「規模」について説明するのはどんな方法であれ、それほど難しくはない。困難が生じるのは、この理論を性質の異なる環境に適用しようとする場合、とりわけ、革新的で多様な製品展開をする「生身の」組織、すなわち、ビジネスマンが企業と呼ぶ組織の拡張の分析に適用しようとする場合である。企業の理論においては、個々の企業の特徴の変化、たとえば、その経営能力や将来の展開に関する企業者の期待の変化などが、一企業の規模に変化をもたらすものとして扱われようと、一連の「新企業」の創出をもたらすものとして扱われようと、たいした違いはない。理論家は、自分の課題に最も適した手法を採用すればよい。しかし、このような変化がどのように扱われるかは、企業を現実の世界の1つの管理組織体として定義し、その成長に関心をもつ理論家にとっては大きな違いを生む。後者の目的に対しては、まったく違った企業の概念を用いることが必要となる。また、企業の理論は異なる目的にとっては明らかに価値のある概念だというだけの理由で、それを無理に歪めて適用しようとしても得るところはほとんどない。後述するように、ある程度まではそれを無理に適用することもできるが、われわれは企業を所与の製品の「価格と生産量の決定主体」として扱うのではなく、成長しつつある組織として扱うのである。このためには、「企業」には企業の理論における「企業」よりもはるかにたくさんの属性が与えられなければならないし、そうした属性の意味は、費用曲線や収益曲線ではうまく表せない。さらに、企業の属性をこのように表すことは不都合なだけでなく、誤解を招くことにもなる。というのも、それは、企業行動を説明しようとする多くの経済学者やビジネスマンが考える「企業」と、価格理論における「企業」とを明確に区別し損なったがゆえの混乱、すなわち、「企業の理論」の評価を不必要に傷つけ、その信用を大いに損ねてきた混乱を倍加させることにしかならないからである。

1つの管理組織としての企業

 企業成長に関する分析の出発点として「企業の理論」がふさわしくない原因は、その抽象化の程度ではなく、むしろ抽象化の種類にある。すなわち、「理論的」であれ、「実証的」であれ、どんな研究も目的が定義されなければならないし、「現実」のなかで意味のある側面だけが選択されなければならない。目的に無関係なことがらは無視されるか、あるいは、抽象化されて構わない。本研究の目的は、最も広い意味における1つの経済的実在としての事業会社(金融を除く)の成長を観察することである。しかし、企業成長の経済分析は、企業の規模や成長に左右される何らかの経済的機能や経済的影響が存在して初めて意味をもつ。したがって、本書での目的にとって、1つの「企業体」を構成するものの定義は、企業が経済のなかで1つの経済的実在として果たす本質的な機能に依存する。