当時の経済学においてはペンローズの主張のこの部分、すなわち、経営者資源の提供するサービスが企業の規模を制限するという部分がとりわけ注目された。しかし、実はペンローズは、この制限は一時的なものであるとしており、彼女の主張のより重要な部分はこの先にある。すなわち、新たな計画を立案する時点では経営者資源のほとんどがそこに投入されていたとしても、計画が実行に移され軌道に乗るにつれて、分権化が可能となり、経営者資源は次第に解放されていく。また同時に、この一連のプロセスからの学習によって、経営者資源には新たな潜在的サービスが追加されていく。こうして、ごく短い期間で考えれば、利用可能な経営者資源の如何によって、企業の成長には限界が設けられるが、まもなくその限界は後退し、さらなる成長へと進むことが可能となるのである。

 ペンローズの議論の大きな魅力の1つは、以上のような論理で企業の内側にあるダイナミズムを描き出し、また、そのダイナミズムの原点に、業務の経験から生み出される知識を位置づけることによって、個々の企業の異質性や企業内でイノベーションが生まれる可能性を導き出している点である。この一連の論理を中心にして、企業が多角化を指向することも、また、その方向性は自ずと狭く絞られることも無理なく説明される。

 いま1つの魅力は、ペンローズが理論を構築する際、できうる限り現実の企業の経営行動の展開と照らしながら、その作業を進めている点である。本書の序文でペンローズが言及しているマリス(R. L. Marris)は、エコノミック・ジャーナル(The Economic Journal, Vol. LXXI, No. 281, March 1961)に書評を寄せ、そのなかで「読者は、ペンローズの数々の主張が、完全に統合されたものではないことについて批判すべきではない。かりに完全にまとまったものであったとすれば、たくさんの示唆的なアイデアが埋もれてしまったに違いない」と評している。本文のなかにもあるように、ペンローズは、企業成長に関わるいくつもの重要なことがらをあえて捨象して完成度の高いモデルをつくることよりも、現実の企業の行動と整合性のある枠組みの構築を目指した。だからこそ、本書で積み上げられた論理はきわめて緻密で隙がなく、かつ、そのなかに含まれる幾多の指摘はまさに「示唆」に富むのである。

 ペンローズの議論が経済学の世界に及ぼした影響に関して論じる素養は、訳者にはない。同様な読者には、本書第2版の冒頭に付されたマーティン・スレイター(Martin Slater)による詳細な序文をまず一読されることをお勧めしたい。また、ペンローズの没後、さまざまな分野の多彩な研究者たちがそれぞれの立場からその業績の意義を評価した論文集、Christos Pitelis (ed.), The Growth of the Firm: The Legacy of Edith Penrose, Oxford University Press, 2002のなかにも、経済学における評価や影響を論じたものが多く含まれている。同書には、また、たとえば資源ベースの戦略論とペンローズの視点との違いを明らかにした論文など、経営学の観点からも興味深い研究が収録されている。さらに、冒頭で触れた第4版には、同書の編者によるEdith Penrose’s ‘The Theory of the Growth of the Firm’ Fifty Years Laterと題する40ページ近い論稿が巻頭に掲載されている。いずれも本書の理解を深めるのに有益であると思われる。