最後に:集合知の未来

 ちなみに非常におもしろいことだが、この原理を何万年にもわたる進化プロセスだけでなく、いま現在の組織に活かしている例があるという。アメリカのニューヨーク市の警察は、一定以上頭のいい人を雇わない。なぜか? チームを組みにくいから。自分で何でもやってしまおうとするし、そこそこできてしまうから。それでは警察は機能しない。常にチームを組んでお互いに確認しあう――それが安全にもつながるし、不正防止にもつながる。そして、チームを組ませるときは、なるべくちがう人を組ませるという。その理由は、もはや言うまでもないだろう。

 これはある意味で、社会というものこそが最も古く強力な集合知のあり方だということを示している。よく誤解のあるところだが、別に集合知は必ずしも民主主義がえらいということを示しているわけではない。民主主義ではなくても、どんなものであれ社会はそこに暮らす人の総意をある程度反映する。そしてそれが人類を(みんなが目先に望むような形ではないにしても)発達させる。社会の中で敢えて最も集合知的な特徴が強い部分を抜き出すなら、経済ということになるだろうか。市場取引を通じた見えざる手の働きにより、そこには集合知的な秩序ができるし、それを集約した価格という情報が抽出される。

 だからぼくはいずれ、集合知というものの研究が経済学的な分析と融合してくるだろうと考えているのだけれど、これは今後どうなるかわからない。集合知の研究は始まったばかりだし、ましてそれをいかに活用するかという実践は本当に手探り状態ではある。だが、それは人類誕生以来ずっと作用してきたものだし、また人類も集合知の活用可能性に賭けることで進化と発展をとげてきた。今後、それが明示的に活用される場面はますます増えるはずだし、まだまだ想像もつかないような新しい使い方が、次々に登場してくるだろう。

 

 

【連載バックナンバー】
第1回 みんなの力で英語のヒアリング?日常の中の集合知
第2回 集合知の理論:コースの天井とフリーソフト
第3回 青空文庫、ウィキペディア、そしてツイッターのジャーナリズム