10年前、マーケティングはロック音楽と同じくらい派手だった。誇大広告が当たり前、独創性は問われない。わかりやすいコード進行にコーラスをつけ、意欲と熱意と自信を持って舞台に上りさえすればよかった。大衆の心をつかむ秘訣は、「大声で、おおげさに、大胆に」。多少のごまかしも許された。今やこの種のマーケティングは、80年代のヘビメタバンドのようにむなしく映る。消費者が思慮深くなっているこの時代、大声はろくな結果を招かず、似たようなものをいくら積み上げても見向きもされない。

 私たちが探し求めているのは、心に響く音だ。もっと意味のある音、心底どこか違っていると感じられる響きである。本書は、企業がそういう響きを提供することの意味、他社とは異なる存在であろうとすることの意味を追究している。

 その手段として、まずは類似性あふれる世界の中から違いを探し出す。たとえば、逸脱者や異端児、破壊者の大胆なアプローチを選び、完璧に暗唱されたルーティンを拒絶するプレーヤーたちは、即興や実験の能力を持ち、現状にうんざりしている消費者がドキッとさせられるような製品やブランドを生み出そうとしている。

 ビジネスの専門家、特にマーケターに言いたい。ベストプラクティスだと思い込んでいるものを手放す時期が来ている。もちろん、簡単ではない。学ぶのはたやすいが、忘れるのは難しい。しかし、消費者から再び耳を傾けてもらうには、そうするしかない。

 ところで昨年、今度は下の息子が小学2年生になり、長男のときと同じように詩の宿題を持って帰るようになった。再び私は、毎夜息子に詩の一節を繰り返させたが、以前ほど熱心にはなれなかった。完璧に暗記された詩、すらすらと暗唱されすぎる詩は、聴く人の心を打たないと知ってしまったからだ。

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 友人のビジネスウーマンは、ビジネス書なら1時間で要点をつかめると言ってのける。それはそうだろう。たいていのビジネス書は地下鉄の路線図同様、還元化され、不要な情報が削除され、極端なほど効率的に概念が切り出されている。

 しかし、還元化には代償が伴う。イェール大学名誉教授で情報デザインの権威、エドワード・タフティは、不幸な代償はその行きすぎだと著書The Cognitive Style of Power Point(パワーポイントの認知スタイル)で指摘した。ディナーパーティーでゲスト全員がパワーポイント片手に一席ぶったらどうだろう。有益な夜になるかもしれないが、さぞ退屈だろう。

 私の執筆スタイルに大きな影響を与えたのは、大学生の頃に読んだノーベル賞物理学者リチャード・ファインマンの『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(岩波現代文庫)だ。日々の生活や教師としての経験、研究をめぐるとりとめもないエピソードの集まりが、読み進むにつれて心に入り込み、本を閉じる頃には科学の真髄を巧みに語った物語だと確信するようになった。

 研究者が物事の理解に貢献する方法は2種類ある。1つは、パワーポイント的アプローチ。複雑な現象を取り上げ、そこから不要なものを取り除いて核心にたどり着く。もう1つはその逆で、不要なものを取り除くのではなく、思いもよらない方向から微妙なニュアンスを汲み上げ、積み重ねていく。これがファインマンのやり方だった。科学というテーマを日常生活に織り込み、豊かさや味わい、深みを加える。彼こそ、私がディナーに招きたかった男性だ。