また、患者のための医療改革が現場での手続きや書類を増やし、患者をちゃんと見ない医師に対する患者の不満がより増していくという行政の絡む「悪循環」、一部の医者の行為を医者全体の批判にしてしまい、批判すればするほど、現場は委縮してしまうというマスコミの絡む「悪循環」などが考えられる。

 このような「悪循環」は、最初に述べた中核課題にある「医者に依存しきった患者」という両者の関係に変革をもたらすような「良循環」が必要であろう。「自分の現在、および将来の病気をマネージする」という意志が必要なのが慢性病や遺伝病中心の時代だ。自分の健康と病気の管理に関してもう少し主体的にならないといけない。これらの病気に関しては一般的治療ではなく、個々の患者の固有の体質と気質、置かれた状況に適した治療を医師が組み立てるためには患者自身の病気に対する妥当な理解と協力が必要である。

医者と患者の関係を変える、3つの「駆動エンジン」

 このような医者と患者の関係を考えると、「あなたが医者に会うときは、あなたはすでに患者である」という関係がよくないのではないかという仮説が考えられる。病気になると医者がとてもえらく思えるが、その期待が裏切られるといろいろもめごとが起こる。健康人として医者と知り合うと、医者も構えることなくいろいろ話をしてくれる。多くの医者と知り合い、医療知識を得ると同時に、完ぺきな医療はない現実を知ったうえで自分の期待値をコントロールでき、患者としての心構えができるような「良循環」である。

 そのようなプロセスを通じて、信頼できそうで、自分と相性のいい医者を選び、かかりつけ医になってもらう。そのような親しい医者ができていると、実際に病気になった場合、その医者の専門でなくても相談し、親しい専門医を紹介してもらうということもできる。

 このような「良循環」を「駆動するエンジン」として、「医者と市民、医者同士が出会い交流するサブシステム」が必要だ。その1つめが、場の設定と運営システムである。医者と将来の患者である健康人が出会う場であるだけではなく、かかりつけ医と病院との連携のための勤務医と開業医との出会いの場でもある。

 そのような場をデザインする1つの案として、高校の同窓会の活用はどうだろうか。すべての高校ではないが、卒業生の土着性が強い高校では可能だ。同窓会には勤務医、開業医、看護師がいる。活動的な中年の主婦もいる。自分や家族の健康に高い関心をもつ彼女たちに、同窓生対象の健康・医療中心の集まりを組織してもらうのだ。講師は同窓生の中から選び、地方自治体は資料の作成や集まる場所の提供などで協力する。