2.「デザイン思考」の活用方法

 これまでの説明で「デザイン思考」が、暗黙知と暗黙知の「共同化」、暗黙知から形式知への「表出化」を促すコラボレーション・ツールであることを整理してきた。それではどの段階で「デザイン思考」を活用すれば、異分野の連携を促す統合ツールとなるのかを説明していきたい。「デザイン思考」を活用すべき領域は、設計の上流工程にある。

 Nam Pyo Suh(2004)(注2) によると、設計の世界は上記の4つの領域から構成されるとしている。つまり顧客が潜在的に求める欲求から構成される「顧客領域(Customer Domain)」、顧客のニーズに見合う製品機能から構成される「機能領域(Functional Domain)」、要求機能に基づいて記述される製品設計の「実体領域(Physical Domain)」、そして記述された製品設計を生産するための生産条件の「プロセス領域(Process Domain)」である。

 1番左の顧客が求める特性(Customer Attributes)を規定し、次に製品機能、次に製品設計へと、顧客が求める特性(ニーズ)が上手く写像されていくことで価値ある製品が開発されていく、としている。

 よく言われるインテグラル型(擦り合わせ型)、モジュール型(組み合わせ型)というのは、「赤枠」の製品アーキテクチャーの領域での議論である。一般的によく議論されているのは、自前主義の日本企業は擦り合わせのインテグラル型が強いが、米国や台湾メーカーなどはモジュラー型が強く、オープン化により標準化が進み、大きなコストダウンが可能になるので、日本企業が勝てなくなってきている、ということだろう。

 しかし重要なポイントはインテグラル型、モジュール型といった「どう作るか」のアーキテクチャー論だけではない。より重要なのは「何を作るべきか」の顧客領域(Customer Domain)と機能領域(Functional Domain)における議論のはずだ。

 人々の生活や価値観を深く洞察し、顧客が何を求めているのかを感知しながら、新しい顧客体験を提供するためには、顧客が潜在的に求める欲求や期待を理解して、要求機能を探り当てなければならない。

 しかし、顧客に何が欲しいかを聞いても顧客がわかるはずもない。かつてフォードが「顧客に欲しいものを尋ねたら、もっと速く走る馬車がほしいと答えたであろう」と述べているように、価値を創造するために市場調査を繰り返しても無意味であろう。

 フォードの場合は、多くの顧客が「もっと速く走る馬車が欲しい」と答える背景に、顧客は馬の数が2倍になる馬車を所有したいのではなく、「目標とする地点に今より短時間で、快適に自分で運転して到着したいという望みがある」という潜在ニーズを観察により感知し、いちはやく製品機能に写像できた事が成功の鍵とされている。

 この顧客が求める特性(ニーズ)を感知し、求める特性に見合う製品機能を探る工程こそ、「デザイン思考」が最も活きる領域である。

「デザイン思考」のプロセスは、様々である。「デザイン思考」を学術的に研究しているスタンフォード大学d.schoolでは、プロセスを①Empathize(共感・理解)、②Define(問題定義)、③Ideate(アイデア開発・創造)、④Prototype(プロトタイプ)、⑤Test(フィードバック)の5段階と定義している(注3) 。

 価値のある潜在的なニーズを得るためには、まず観察対象に感情移入して、経験を拡大する必要がある。積極的に相手に「共感」している心理状態で相手と関わり、相手が体験することを自分でも体験することではじめて、人間行動の中に潜む心の動きを捉えることができる。そして「共感」して発見した顧客の潜在ニーズから「取り組むべき特定の有意義な挑戦課題」に焦点をあて、「プロトタイピング」を通じて「アイデア」を物質世界に落とし込む。繰り返し失敗を重ね、顧客からの「フィードバック」を獲得することで、はじめて価値のある要求機能を探りあてることができる。

 上記のプロセスを繰り返すことで、理想的な製品機能に近づくことが可能となる。しかも上流工程でのプロトタイピングの失敗や修正は、金型などの生産条件を決定する下流工程よりもコストも安く軌道修正も早いメリットがある。

しかし、実際は、このプロセスだけで顧客が求める特性を発見し、要求機能を探り当てることはなかなか難しい。そこで筆者らが提案するのは異分野との連携を促す「デザイン・ディスコース」である。