市場操作は可能か

 大統領選挙の例のように、一種の戦略として、市場の結果を故意に歪めるような投資が行なわれることがある。しかし、ほかの投資家はたいていそれを察知し、本来の価格に戻るまで投資を続けようとする。たとえば、2004年のアメリカ大統領選挙では、イントレードのある投資家が、数万ドルを投じてジョージ・W・ブッシュの株式の空売りを行なった。ブッシュの株価は、わずか8分間で54(再選の確率54パーセント)から10(ほとんどチャンスなし)へと急落した。同じ人物が、4回の大量の売り注文を入れたようだった。しかし、6分後にはブッシュの株価は54に戻った。どういうことだろうか? 市場を操作しようとしたのか? それとも、裕福なトレーダーが、ブッシュ大統領の再選はないと踏んで売り注文を出しただけなのか? おそらく前者だろう。しかし、いずれにせよ結果は同じだった。ほかの投資家たちがいっせいに飛び付いたことで、ブッシュ株の市場価格はすぐに元の水準まで戻った。そして、市場を操作した人物は(本当に操作が目的だったとすればだが)、投資額を失ったのだ。

 同じ選挙市場で、ノースカロライナ大学の経済学者であるコールマン・ストランフと、スタンフォード大学の経済学者であるティム・グロスクローズは、ランダムに投資を行なうという実験を行なった。その結果について、ストランフはこう話す。「市場は、われわれの投資をものの数時間で相殺した。われわれのめちゃくちゃな投資にだまされる人はいなかったのだ」

 ブッシュの例や、ストランフとグロスクローズの例は、予測市場の管理者たちが言う「利ざやトレーダー」の存在を裏付けている。利ざやトレーダーとは、証券の価格が適正でないと考えられるときに、証券を売買して利ざやを儲ける冷静なトレーダーだ。いわば選挙市場のウォーレン・バフェットである。候補者たちの当選確率を客観的にとらえ、投資を行なうわけだ。

 ジョージ・メイソン大学のロビン・ハンソンらが行なった興味深い研究によれば、イントレードのような現金取引の市場では、市場を操作しようとするとかえって精度が高まるのだという。「適正」な価格に投資すれば、大金を儲けられるからだ。ハンソンはこれを羊と狼にたとえている。羊は取引にそれほど詳しくない。狼はそこにつけ込む。狼は羊がたくさんいる市場を狙う。情報に精通した狼ほど、餌にありつけることになる。その結果、操作者や羊が多い予測市場ほど精度が高まる。自分と同じポーカー・テーブルに下手なプレーヤーがいた方がいいのと同じ理由で、間抜けなトレーダーや主観的なトレーダーが多い方がいいわけだ。

 予測市場に掲げられる質問の中には、非常に斬新なものもある。映画スタジオの幹部たちは、新作映画がオスカー像を受賞するかどうかをめぐって投資している。教育委員会は、6年生のリーディング・スコアを向上させるのにもっとも効果的な方法を探している。情報機関は、テロ攻撃の場所やタイミングについて、広く情報を集めている。この3つの例については、それぞれ第3章、第11章、第12章で説明する。

 予測市場が成功する条件はたった4つだ。もっとも大事なのは、参加者の経歴や問題解決アプローチに多様性があること。ふたつ目は、投資家が不当な影響や強制を受けることなく、独立して意思決定を行なうこと。3つ目は、集団の情報を集約する何らかの方法があること。最後は、人々が真剣に参加できるようなインセンティブがあること。インセンティブは金銭でもかまわないが、必ずしもそうでなくてもよい。

 このあとの章では、店舗の開店や航空機の納入といったプロジェクトの追跡、売上の予測、リスクの定量化、出資価値のある革新的なアイデアや投資機会の見極めなど、予測市場のさまざまな用途を紹介していく。しかしまずは、集団の知恵をまとめる上で市場がどう機能するのか、その有名な例を見ていこう。

(了)

 

*本書に解説を寄せた静岡大学情報学部 佐藤哲也准教授(自身も2007年から選挙予測サイト「shuugi.in」等を開設)による記事はこちら

ORACLES by Donald N. Thompson
Copyright (C) 2012 Harvard Business School Publishing Corporation
All rights reserved. Published by arrangement with Harvard Business Review Press, Watertown,Massachusetts through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo

 

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【目次】
第1部  市場を使って予測する
第1章  まったく新しい商品開発の仕組み
第2章  予測市場とは何か
第3章  スポーツと映画を市場で予測する
第4章  選挙結果を市場で予測する
第5章  市場はどのように可能性を予測しているか
第6章  予測市場は何の代わりになりうるか?

第2部  予測市場を社内に作る
第7章  グーグル──会社のあらゆる部分が予測市場
第8章  ベスト・バイ──予測市場が導入されるまで
第9章  熱心な支持者が社内市場に命を授ける
第10章  トップダウンでもうまくいくのか

第3部  これからの予測市場
第11章 独創的に応用する──医療からレアル・マドリードの経営まで
第12章 国家の安全を守るために──テロリストの市場
第13章 効率的な行政──法定速度から結婚の是非まで
第14章 長期予測にはメリットがいっぱい

第4部  予測市場を機能させるには
第15章 答えを懼れる人々
第16章 無視された警告
第17章 潜水艦スコーピオン号はどこに沈んでいるのか
第18章 予言者になるために