すでに私たちは市場の総意を受け入れている

 私たちが普段は意識していない予測市場もある。携帯電話がオンになっていると、サービス・プロバイダーは所有者の動きを追跡できる。調査会社はこの情報を利用して、人々が用いる交通手段や、野球の試合後に訪れるバーを予測する。グーグルでインフルエンザの症状に関する記事にアクセスすると、研究者がその情報を集約し、インフルエンザの地理的な広がりを追跡する。あまり知られていないものとして、政府にテロや暗殺の情報を提供する市場すらある。

 企業の予測市場について耳にする機会が少ないひとつの理由は、市場を利用している幹部たちが、秘書や技術者を頼りに意思決定を行なっているという事実を認めたくないからだ。マイクロソフト、ヤフー、ゼネラル・エレクトリック、ヒューレット・パッカード、モトローラ、ゼネラル・ミルズなど、社内で市場を運営している60あまりの大企業の年次報告書や企業ウェブサイトをチェックしてみてほしい。予測市場についてわずかでも言及しているだろうか? グーグルやベスト・バイの社内市場は、業界紙で論じられ、賞賛されている。しかし、年次報告書やウェブサイトでは、市場についていっさい触れられていない。かつて、イントレード社のジョン・デラニーは、「年次報告書で社内市場の成功やコスト削減額を初めて目にする日が来たら、予測市場という手法が禁忌ではなくなり、企業の世界で正当に認められたという証拠だろう」と予測している。

 私たちは、それ以外の形態では、市場の総意というものを受け入れている。たとえば、ニューヨーク証券取引所の証券価格は、数千人の投資家や数百人のミューチュアル・ファンド・マネジャーの総意が、1株あたりの価格に凝縮されたものといえる。株価には、会社のビジネス戦略、マーケティング能力、基盤となるテクノロジー、製品の将来的な需要など、さまざまな要素に対する予測が反映される。ファンド・マネジャーの方が、自分よりこういった要素の予測に長けていると思う人々は、ミューチュアル・ファンドを購入するわけだ。推定された証券価格(またはミューチュアル・ファンドの株式価格)は完璧ではないが、価格を推定するには市場がいちばん効果的なのだ。

 同じように、小麦、とうもろこし、石油、金をはじめとする商品の市場価格は、その商品の将来的な需要予測によって左右される。また、天候、政治的な安定性、海賊や戦争による混乱、中国銀行の将来的な金利といった影響にも左右される。商品市場の場合、目的は所有権を譲渡することであり、集約された情報を提供するというのは二次的な効果にすぎない。

 しかし予測市場は、市場のこの二次的な効果を、一次的な効果へと変える。新型航空機がスケジュールどおりに引き渡されるかどうかを知りたい航空機メーカーは、従業員や請負業者のための市場を立ち上げ、「10月15日までにテスト飛行が行なわれるか?」という質問を対象に投資を行なってもらう。現在の証券価格が2ドルで、正解すると10ドルが支払われるとすれば、期限どおりにテスト飛行が行なわれる確率は20パーセントと解釈できる。

 商品市場の投資家の中には、将来的に自分で使うために購入する人もいる。朝食のシリアルを作るためにトウモロコシを買うとか、大西洋横断飛行のためにジェット燃料を買うといったケースだ。一方、そもそも商品を受け取る気がまるでない投機家もいる。そのような投機家たちは、商品について人よりも熟知していて、適正価格がわかると思っている。予測市場の参加者は、商品市場の投機家と似ている。彼らは、自分が〝適正〟だと思う価格に達するまで、市場に投資を続けるのだ。

(つづく)

 

*本書に解説を寄せた静岡大学情報学部 佐藤哲也准教授(自身も2007年から選挙予測サイト「shuugi.in」等を開設)による記事はこちら

ORACLES by Donald N. Thompson
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