投資家が予言者となった瞬間

 最初の予測市場を設計したのは、学者のロビン・ハンソンだ。彼は現在、予測市場の父と称されている。ハンソンは、ザナドゥという企業の顧問を務めていたとき、市場の実験に打ってつけのテーマを探していた。1989年4月、ユタ大学の2名の物理学者が発見したとされる常温核融合をめぐり、物理学界で紛争が巻き起こった。ハンソンは、ザナドゥの従業員やコンサルタントに、次の命題を評価してもらった。

 1991年1月1日までに、1リットル未満の装置で、入力を1ワット以上上回る電気出力を室温から生み出すことができる(成分の生成および分離に消費される電力も含む)。

 一言でいえば、常温核融合によって実際に発電が可能か、ということだ。

 18人の人々が、この史上初の社内市場の質問に答えた。開始直後は、ユタ大学の実験の報道が過熱した影響もあり、確率は50パーセントを上回っていた。しかし、1990年5月には、確率は6パーセントまで沈んだ。市場の下落は、常温核融合の実験を再現できないという科学的結論がまとまるずっと前から起こっていた。市場の確率が4パーセントまで落ち込むと、期限を待たずに終了となった。

 こうして、投資家を予言者として用いるというアイデアの種が蒔かれた。今や、予測市場にはさまざまな形態がある。グーグル、ベスト・バイ、マイクロソフトは、製品の売上水準や新規プロジェクトの開始日を予測する市場を運営している。民営の予測市場としては、アイオワ電子市場(Iowa Electronic Markets; IEM)や、アイルランドのイントレード(Intrade)がある。これらの市場は、株価や選挙結果から、流行病の広がりまで、あらゆるテーマの証券を発売している。