ピラミッド型の組織構造はまさに「墓場」

 予測市場のプロセスが成功するかどうかは、その企業の社風にかかっている。新しいアイデアに上層部の拒否権はない。ライト・ソリューションズの場合は、文化がすべてだ。この会社の採用プロセスは、企業文化のパートナーを探す〝オーディション〟として位置付けられている。新入社員のほとんどが、既存の従業員の紹介で最初の面接を受けている。技術的なスキルがなくてはならないのはもちろんだが、「この人と会社を共有したい」と思わせる人物でなければならない。

 全従業員が知っていることだが、ジム・ラヴォワは従来のピラミッド型の組織構造を嫌っている。「ピラミッドというのは、死んだ人の墓場だ。特に、社会に参加しはじめたY世代の人々(訳注/およそ1975~89年までに生まれた人々。幼いころからテクノロジーに接しており、価値観がそれまでと大きく異なる世代)には墓場ととらえられている。Y世代の人々は、階層的なピラミッド組織の指揮と統制に基づく古い規範を、時代遅れと感じているのだ。組織の役職というのは、一時的な入れ物にすぎない。人々は、ほかの人と戦い合ってその入れ物を奪い合い、ピラミッドに居座りつづける死者をまた別の入れ物に押し込むのだ」とラヴォワは話す。

「最悪なのは、ピラミッド型組織では、上層部の人々の方が下層部の人々よりも賢いと考えられていることだ」と彼は続ける。ラヴォワがピラミッド構造を嫌うのは、下からの情報がシャットアウトされるからではなく、上層部の人々が常に正しい判断を求められるからだという。意思決定のプロセスを全従業員に開放すれば、貴重なアイデアが生まれ、ウィン・プレイ・ラーンのような製品も生まれる。「この製品は、経営陣には思い付かなかっただろう。たとえ上級幹部の意思とは異なっていたとしても、従業員の知的資本に敬意を払い、その動向を観察することが大切なのだ」とラヴォワは話す。

 ピラミッド構造を無視し、「社内でもっとも賢いのはCEOだ」という固定観念を捨てるのは、ミューチュアル・ファン・マーケットにとって有益なのだろうか? 『われわれは考える──マス・クリエイティビティの力(We-Think: The Power of Mass Creativity)』の著者であるチャールズ・リードビーターはこう話す。「会社の特定部分の権力構造に閉じ込められ、外に目を向けようとしなければ、優れたアイデアを見逃している可能性もある。だが、それを見逃さない会社もあるのだ」

 ライト・ソリューションズは、予測市場の根底にある基本的な考え方を物語っている。有益な情報は非常に多くの人々に分散されているということだ。予測市場では、たとえ投資家が専門家でなくても──いや、専門家でないからこそ──集団で賢明な判断を下すことができる。トレーダーは情報の流れや中立的な意思決定を妨げる障害に、行く手を阻まれることはない。行動にケチを付けてくる人もいなければ、政治的に正しい行為を指図してくる番人もいないのだ。

 ライト・ソリューションズは、魅力的なケース・スタディといえるだろう。本書ではほかにもさまざまな事例を紹介しているが、予測市場は単に話として面白いだけではない。社会に革命を起こす可能性を秘めている。予測市場が普及すれば、アンケートや延々と続く会議は不要になるかもしれない。そして、人々の生活、企業や組織、社会すら変わるかもしれない。これから紹介する物語を読んで、「なるほど!」で終わらせるのではなく、「この話にはどんな意味があるのか? 私の仕事、会社の業務、そして自治体の機能にどう関係するのだろうか? 予測市場でこれらをどう改善できるか?」と考えてみてほしい。

 本書を執筆するための調査を始めたころ、私は予測市場についてある程度は理解していた。しかし、集団の知恵を集約するために予測市場がどう使われているのかを知るにつれ、私はその可能性にますます興奮を覚えるようになった。予測市場は、ブロードウェイ・ミュージカルの主役を選出し、CEOが知らされる数か月も前にボーイング787ドリームライナーの納入の遅れを予言し、アメリカ大統領選挙の結果を正確に予測してきた。メーカーは予測市場を利用して、発売する製品、価格設定、プロモーション方法を決めている。テクノロジー企業は予測市場を利用して、投資するプラットフォームを決めている。ハリウッドの映画スタジオは予測市場を利用して、新作映画の広告キャンペーンに投じる予算を決めている。

 多くの会社にとって、予測市場は好奇心の域を出ていない。しかし、水面下では、ゼネラル・エレクトリック、グーグル、モトローラ、マイクロソフト、ヒューレット・パッカード、イーライリリー、さらにはCIA(中央情報局)といったイノベーティブな組織が、正しい意思決定を下し、従業員をビジョナリーへと変えるために、市場を利用しているのだ。予測市場は、ほとんどの経営者が理解すらしようとしたことのない手法の中でも、もっとも重要なもののひとつといえるだろう。

(つづく)

 

*本書に解説を寄せた静岡大学情報学部 佐藤哲也准教授(自身も2007年から選挙予測サイト「shuugi.in」等を開設)による記事はこちら

ORACLES by Donald N. Thompson
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