現在の社会環境で「産業振興」は効果がない

 このような発想はこれまでの産業立国的発想からの決別である。日本はかつて産業立国的な発想のもとにいろいろな施策を打ち大成功した。1960年代の末にはすでに世界第二の経済大国になったのである。その成功体験からなかなか抜け出していないのが現状だ。しかし、もはやこのような産業中心の発想では新しい展開を生まれない。ここで大きな発想の転換が必要なのである。

 池田内閣の所得倍増論という施策は大成功したのだが、生活者の所得を倍増する施策を打ったのではなく、産業、および企業の成長を促す施策をやったのである。当時の産業界はアメリカの先進事例を勉強し、生産性の向上を競って実施した。企業が成長し、生産性が改善すれば当然給与を上げるという形で従業員に還元することができた。所得が伸びたのである。しかし、現在の社会環境は全く違い、同じような施策はほとんど効果がない。発想の転換が必要だ。

 産業、企業中心から生活者・消費者中心の発想に転換するということが1つの方向として考えられるだろう。「産業振興」にエネルギーをかけるのではなく、生活者・消費者に対して新しい価値を作り、提供することにエネルギーをかけるのである。生活者・消費者が価値を評価してくれればその価値提供の活動は伸びてゆき、それが経済の拡大につながる。そのような価値創造と提供の仕組みを「社会システム」と定義しているのである。

 産業と「社会システム」とはどう違うかを理解していただくために、「医療産業」と「医療システム」とを比べてみる。「医療産業」には病院や医薬品、医療機器・デバイス産業などが入るが、銀行、保険会社、情報システム会社は入らないし、設計事務所や建設会社も入らない。まして、マイクロソフトやグーグルは入らない。しかし、「医療システム」であれば、これらの企業のすべてが入るのである。これらの異業種が連携して生活者・消費者に価値提供を行っているか、新たに行おうとしている。すなわち、産業横通しで価値提供の仕組みを組み立てたものが「社会システム」なのである。

「医療産業」という伝統的な産業の定義の枠組みで新規事業や新規サービスを考えるのと、「医療システム」という産業横通しの枠組みで考えるのとでは、後者のほうがいろいろな新しい価値提供、そして事業のアイデアが湧いてくる可能性が高いことはすぐわかるはずだ。要するに考える枠組みが産業という視点より多様で幅広くなるのである。

 新成長戦略、再生戦略と国はいろいろ打ち出してきた。その中でライフ・イノベーションやグリーン・イノベーション、先端産業などの言葉が躍っている。しかし、なかなか成果につながる道筋が見えないのが実態だ。ここで「産業振興」的発想から「社会システム・デザイン」という発想に転換することで思考が広がるのではないだろうか。しかも、それは生活者・消費者が喜ぶような価値の提供につながるのである。