「優秀なリーダー」では不十分

 ではいま、誰がそのような組み立て、すなわち、「デザイン」をやっているのだろうか。政治家がやっているようには見えない。ではお役人がやっているのだろうか。もしそうだとしたら、そのお役人はそのような「原発システム」のデザインができるような訓練をこれまで受けてきたのだろうか。「原発システム」は多種多様な要素の統合であり、建築に例えれば超高層ビルがいくつかある複合施設、たとえば六本木ヒルズや東京ミッドタウンをデザインするのと同じかそれ以上の能力が必要だ。現在のお役人がそれだけの訓練と経験を積んでいるという証拠はない。

 最近は「優秀なリーダー」というだけでは不十分なことが分かってきた。優秀だが思考の底が浅いとか、優秀だが経験の幅が狭いとか、優秀だが気力、体力、胆力、決断力に欠けるとか、優秀なだけでは不十分な時代である。同様に、優秀だが、「社会システム・デザイン」に関する限り、訓練と経験不足なお役人が「原発システム」をデザインしているということになっていないか心配である。

 原発は「社会システム」としてとらえ、デザインできないといけないといったが、それはどういう意味なのだろうか。「原発システム」というと多くの人はハイテクを駆使した技術システムという風に思ってしまうのではないだろうか。しかしそれは「原発システム」全体のほんの一部なのである。

 ご存じのとおり、原発には寿命がありすべてはいずれ廃炉になるのだが、それに至るまでの状況を管理する専門家を育成し、配置し、意欲をもって仕事をしてもらうためには十分に練り上げられた人材システムが必要だ。再稼働をするのであれば、住民に何を伝え、何を選び、何を覚悟してもらうかの納得感を共有するプロセスもシステムであるし、緊急時におけるプロシージャー(手順)をつくり、ことが起これば避難を的確にリードし、住民の生命を守るのもシステムである。しかも、その在り方はアメリカやフランス、ロシアと日本の場合は違うであろう。それは文化風土や価値観、原子力に係る歴史の違いによる。

 このような風土、過去のいきさつなどの社会的背景を引きずった人間的な要素を大量に組み込んだシステムだから「社会システム」なのである。原発に限らず、多くのテーマを捉えるにあたって、この「社会システム」的発想を新しい枠組みとして理解し、身に着けることが必要なのである。