これも、結果論にすぎないと言われるだろうか? では、過去のものではない事例を検討しよう。

 ビジネス界全体のコーポレート・ガバナンスへの取り組みについて考えてみよう。エージェンシー理論(プリンシパル・エージェント理論)に基づくと、経営幹部はプリンシパル(オーナーや株主)に雇われて、彼らの利益のために働くエージェントである。しかし、ここには問題がある。エージェントはプリンシパルのためではなく、自分自身のために行動や資源を最適化するインセンティブを内在させているからだ。企業の利益を投資家に返すよりも、より大きな割合を自分のポケットに入れようとする。こうした自己利益を重視する性質を正すため、株主利益を代表する取締役会がつくられる。マネジメント活動を監視し、経営幹部が株主に利する意思決定を行うようにさせる。

 これは表面上は、美しく一貫した論理のように見えるが、もう少しよく検証してみよう。この論理では、マネジメントを監督する取締役会を設置することで、プリンシパル・エージェント問題を解決できるとしている。しかし、取締役もプリンシパルではない。彼らも株主に雇われ報酬を得ているエージェントなのである。したがって、取締役も経営幹部と同様に自分自身の利益を最大化させようとする。「もし・・・なら、その結果・・・だ。しかし・・・」の構文に戻ると、やはり述部と結論部分に「論理の混ぜ合わせ」が見られる。まず、論理的な命題は以下の通りだ。

1. もし、プリンシパルとエージェントのあいだの隔たりが本当に大きいならば、その結果、経営幹部は私腹を肥やしたいと思うようになる。しかし、取締役も同様である。

2. もし、プリンシパルとエージェントのあいだの隔たりが小さいのなら、その結果、取締役は自己利益にとらわれずに監督することができる。しかし、経営幹部も自己利益にとらわれないから、取締役会は不要である。

 これが非論理的になると、次のようになる。

3. もし、ブリンシパルとエージェントのあいだの隔たりが本当に大きいならば、その結果、経営幹部は私腹を肥やしたいと思うようになる。そして、取締役は自己利益にとらわれずに監督することができる。

 事例はもう十分だろう。私が強調したいのは人の愚かさではない。人はいくつかのパーツで構成される2つのモデルを前にすると、それらを1つに組み合わせて素晴らしいモデルをつくろう、という誘惑に駆られることがあるのだ。それがたとえ甚しく非論理的でも受け入れて、それに基づいて行動してしまう。

 これは戦略において、また人生において危険な罠だ。次回の記事では、相反するモデルへのよりよい戦略的アプローチを紹介する。それまでに、非論理的な「もし・・・なら、その結果・・・だ。しかし・・・」の構図を見たことがあれば教えて欲しい。


HBR.ORG原文:When Strategy Fails the Logic Test November 24, 2010

ロジャー L. マーティン(Roger Martin)
トロント大学 ロットマン・スクール・オブ・マネジメント
学長。
著書に『インテグレ―ティブ・シンキング』などがある。