エンゲージメント手法の多様化

 さて、それからリーマンショックまでの2年間は、コミュニケーション手法が飛躍的に拡大した時期でした。2007年は木村がプロモ部門の審査員をしたのですが、企業が仕掛ける「限りなくリアルに見せかけたフェイク」なバイラルキャンペーンのウソへの反動か、「リアル」というキーワードが生まれました。ドキュメンタリー型の実証広告や、リアルな生活者が主役の参加型キャンペーンなどです。また、社会貢献欲求を刺激することで生活者を動かす「ソーシャルキャンペーン」や、単なるアドやコンテンツを超えて、生活者が継続的に使い続ける「プラットフォーム型コミュニケーション」、そしてブロードバンド環境の恩恵を受けた「デジタルテクノロジー」を使った新しいキャンペーンなどです。2008年には、24時間途切れないデスクトップエンタテイメントを実現した「ユニクロック」が日本人2度目のチタニウム部門グランプリを受賞しています。

 これら複雑化する広告の手口は、全て「エンゲージメント」というキーワードで集約できると思います。つまりこの時代は生活者とブランドを結び付けるためのさまざまな新しい手法、技術が開発された時代だったのです。

課題解決の博覧会

 広告業界を震撼させた2009年のリーマンショックによる大不況の後、広告予算の激減とそれによる業績悪化で自信を失ってしまった広告業界に、カンヌの審査員たちが指し示した方向は、人間への回帰とマーケティング効果へのコミットでした。もちろん2010年はソーシャルメディアという新しいコミュニケーションメディアがトレンドとなりましたが、もはや以前のような広告手法の鮮やかさというよりは、それを使ってどう人をアクションさせたか、それによってどのように鮮やかに企業課題を解決したかを問うようになったと思います。

 2010年には、大手家電量販店BEST BUYが、全店員がツイッターで電化製品に対するあらゆる顧客の質問に答えることで、それまでコールセンターにかけていたコストを大幅に削減した「Twelpforce」というキャンペーンがチタニウム部門のグランプリをとっています。

 2011年には、カンヌの名称から「広告」という文字が消え、カンヌは「クリエイティビティ」の祭典に生まれ変わりました。狭義の広告を超えた広い意味でのコミュニケーションによる課題解決をその領域に再定義したのだと思います。この年、卓越したコミュニケーション効果を評価するマーケティングエフェクティブネス部門が設立されました。プロモ部門は「プロモ・アクティベーション」部門という名前に変わり、人をどうアクションに結び付けられたかという点に審査基準が絞られました。また、嶋が審査員をしたPR部門からは「ビヘイビアチェンジ」(どのように人々の行動様式を変容させたか)というキーワードが発せられました。これに前後して日本では「戦略PR」というキーワードが一般化していきます。

 2012年のカンヌでは、「クリエイトシェアバリュー(CSV)」というキーワードに集約される、ユーザー課題、企業課題に加えて、社会課題を同時に解決するコミュニケーションが相次いでグランプリを受賞しました。

 このように、カンヌはいまやアイデアの品評会から、課題解決の博覧会に変貌したのだと思います。そしてその課題に対して、様々なメディアやコミュニケーション手法が解決の鮮やかさを競い合う、異業種格闘技の様相を呈しています。