なぜかというと、我々がフラットで繋がった世界に生きているという見解は、経済的なデータではまったく裏づけられていないからだ――たとえ我々がいつでも、どこでも、誰とでも、技術的には繋がっているとしてもである。データでは、国外でも実行可能な経済活動であっても、実際にはほとんどが依然として国内に集中していることが示されている。外国投資を例にとってみよう。世界中で投資されているすべての資本のうち、外国を本拠地とする企業による、国外からの直接投資はどの程度だとあなたは考えるだろうか? 25%ぐらいだろうか。「投資に国境はない」といったグローバロニーを耳にしたことがあるなら、それ以上と答えるだろうか。実際は、この割合は2009年には9%未満であり、その後は合併の波によって増えたものの、20%にも達していないのだ。

 下のグラフが示すように、電話、長期移住、大学入学、株式投資、および貿易(対GDP)のグローバル化のレベルは、実際には先に示したデータと似ている。つまり、グローバロニーを信じる人なら100%を期待するであろうが、実際には10%のほうがはるかに近い。

 もちろん、誰もがグローバロニーをたやすく信じるわけではないだろう。しかしグローバロニーは実際に、人々の認識に影響を及ぼしていたようだ。グローバル化のレベルに関してHBR.org上で行われた(金融危機前の)投票では、400の回答が得られたが、その要約を下のグラフに緑色で示している。グローバル化のレベルを過大評価する一貫した傾向と、その大きなギャップに注目していただきたい。回答(緑色)が平均30%であるのに対し、現実の値(青色)は平均10%である。そしてなお悪いことに、10年以上の経験を積んだ回答者のほうが、経験の浅い回答者よりも過大評価の割合がはるかに大きかったのである。

             グローバル化:現実vs認識


 エコノミスト誌がこれらのデータの一部を掲載した際、オンライン上で多数の懐疑的なコメントが寄せられた。しかし実際には、世界は完全な統合からは程遠く、グローバロニーのレトリックは現実とはかけ離れている。

 なぜ頭の良い人々は、グローバロニーにそれほど懐疑的なのだろうか? 1つの理由は、我々は自分が最も望むことや最も恐れることを何でも信じる傾向にあるからだ。ビジネスを行う者にとって、ボーダレスな世界がもたらす限りない利益は大きな魅力である。それ以外の多くの人々は、グローバル化に根深い恐れを抱いている――搾取を生む、自国の大事な文化に害をなす、自然環境の脅威となる、等々。現実には、どちらの認識も見当違いである。ボーダレスな統合が進めば、莫大な経済的利益やその他のメリットが生じる可能性があるが、それは同じ物をすべての場所ですべての人々に売る無国籍企業によってではない。そしてグローバル化にまつわる脅威のほとんどは、大げさに言い立てられているか、軽減することが可能である。

 もしあなたが、私の聴衆と同様にこれらのデータに驚いたとしたら、データをどう判断するだろうか。あなたもグローバロニーを信じるひとりだろうか。


HBR.ORG原文:Globalization in the World We Live in Now: World 3.0 May 31,2011