企業の広告宣伝部から変わらないと行けない

新しい試みをしていくためには、企業の広告宣伝部も変わらないといけないですね。

田端:そうですね。先ほども申し上げましたが、これまでの広告宣伝に、公共事業のような意味での、予算消化という言葉もあったように、厳しく結果責任を問われてこなかったんじゃないかと思います。そもそも広告の効果測定も難しく、売上げにどれほど貢献したかが分かりにくかった。だから一定の予算をテレビや新聞にしっかりと配分して、一定の露出を確保する、という発想ですね。これはとても本社スタッフ的発想で、お役所的です。

 それに、私の目には広告宣伝部は、内向きに見えます。例えば、交通広告を出すにも本社ビルの近くの駅にばかり熱心に駅貼りポスターを出すなど、広告業界ではインナー向けというのですが、社内向けのアピールにばかり、目が向いていたのではなでしょうか。ハーバード・ビジネス・レビュー的に言えば(笑)、契約理論で言う、エージェント・プリンシパル関係でいうところの、エージェンシー・スラックの典型的な症例に思えますね。

 いまや、枠の希少性がなくなり、本社スタッフとしての広告宣伝部が、メディア企業や代理店といった広告枠のセルサイドと一括交渉をする必然性が薄れてきています。そこで、浮かび上がってくるのは、結局、広告宣伝部って、誰のために仕事をしているのですか? 広告宣伝部じゃないと出来ない仕事、持っていないノウハウって本当にあるんですか?という問題ですね。

本来、社外の顧客に向かうべき、広告宣伝部が社内官僚的になり、事業部に比べて保守的になっていたんでしょうか。

田端:これは何も宣伝部にいる人のモラルの問題というよりも、宣伝部の置かれた組織構造やインセンティブ設計の問題だと思うんです。

 宣伝といいながら、ヒット商品が出たら事業部の手柄となり、もし失敗したら社内で責任問題にされるわけじゃないですか。だからどうしてもリスクを取らず、年度末まで予算を持ち越しておいて、わざわざ高値で予算消化したり、媒体別の予算配分でも、毎年ゼロベースで検討するというよりは、前年比での予算策定という発想になってしまうんです。リスクを取っていい仕事をすることが報われる評価体系になかったので、しょうがないんでしょう。

 別に、この現象は広告宣伝部だけではないんです。人事部もいい人材が輩出されたら、その人を育てた部署の手柄になって、問題社員が出てくると採用した人事部がやり玉にあがりがちです。ファンドマネジャーで言えば、国債やトヨタ株を買っておけばクビならないのと同じ(笑)。

 でもこれからは変わっていかなくてはいけない。そうでないと、存在意義がなくなってしまう。今後は事業部と一緒に宣伝部門もビジネスリスクを分かち合う時代じゃないでしょうか。

 そのためには、トップのコミットメントも非常に重要ですし、広告宣伝部の組織的なミッション定義も変えて、業績評価なども変えていく必要があるじゃないかと思っています。

 私は、セルサイドに生きるメディア・マンですが、費用対効果や提案内容に厳しい目を向ける広告主を歓迎します。ただし、費用対効果に厳しくなる、ということと、ノーリスク・ハイリターンを求めるということは違う。考え抜いた最後のところで、リスクを取ってくれる広告主には、とても意気に感じますね。そういう広告主・広告宣伝部が増えることを願っています。