ジャック・ウェルチのGE改革を振り返るとき、まず確認しておきたいのは、彼がCEOに就いた当時のGEは、変革を困難にする条件がほとんどすべてそろっていたといってもいいほど「変えにくい」会社だったという事実だ。

 第1に規模。いまもそうだが、81年当時のGEはアメリカのみならず世界的にみても有数の超大企業だった。従業員数は40万人。家族も合わせれば日本の政令指定都市の規模であり、従業員数というよりも「人口」というスケールである。当然のことながら、規模が大きな会社の方が変わりにくい。

 第2に事業構成の複雑性。いまも昔もGEは多種多様な事業を内部に抱えるコングロマリットである。余談だが、ウェルチの時代はこうした多角化した大企業はまだ数多くあったが、コングロマリット経営が「時代遅れ」とされ、「コングロマリット・ディスカウント」というような言葉が人口に膾炙するようになった以降も、GEは今日まで依然としてコングロマリットという構えを維持している。考えてみれば、こうした経営のかたちは、サムソンやタタなどのアジアを中心とする新興国の「財閥企業」を別にすれば、成熟した国では現在では珍しいといえる。その意味では、日本の商社も珍しい経営形態といえるかもしれない。

 いずれにせよ、それほど相互に関連していない多種多様な事業へと水平的に広がっている会社であるほど、変革をしようとしても焦点が定まりにくくなる。会社全部を丸ごと変革するのは至難の業だ。この点で、ウェルチのGE改革は、カルロス・ゴーンの日産改革と大きく異なる。日産もまた大企業ではあるが、基本的に「自動車の会社」であり、専業企業といってよい。どちらにせよ変革が困難なのには変わりはないが、自動車という事業だけを考えて具体的な手を打つことができたという意味で、ゴーンの日産改革の方が相対的にはまだやりやすかっただろう。

 第3に歴史と伝統。GEは81年当時でもきわめて長い歴史を誇る伝統企業だった。1896年にダウ・ジョーンズ・インデックスがアメリカの12の企業の株を対象につくられたとき、そこに組み込まれている企業で現在も残っているのはGEだけである。誰でも知っているように、GEの創業者は、「発明王」と呼ばれたトーマス・エジソン。正確にいつのことだがわからない人でも、名前を聞いただけで長い歴史のある会社だという事はわかる。

 長く続いている企業ほど、会社の中に成功体験やさまざまな「良いこと」が蓄積されている。ネガティブな言い方をすれば、「しがらみ」も多くなる。これに対して、若い企業であれば、過去を否定し、これまでの蓄積を切り捨てるのは相対的に容易になる。歴史と伝統は企業変革の障害になる。それが創造的破壊のうち、破壊の方をことさらに難しくするからだ。

 以上でみてきた規模と複雑性と伝統、いずれも変革を困難にする一般的な要因である。この3つの逆風が、極端なスケールで吹きまくっていたのがウェルチ就任当時のGEであった。これだけではない。当時のウェルチは、さらに強烈なGEに固有の変革の難しさに直面していた。これについてはまた次回。
 

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