話を戻す。ことほど左様に戦略転換が難しいとしたら、それが可能になる条件は何か。基本的に2つしかないというのが僕の見解だ。いずれもこれまでの議論の裏返しで出てくる話である。

 ひとつは「一貫した戦略を(まだ)持ってない」という状態にあること。戦略が確立していない企業であれば、路線転換はずっと容易になる。

前回までの話でいえば、『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイの路線転換がこれにあたる。青春ドラマのお決まりのプロットとして、主人公のアン・ハサウェイにとって、将来は不安定で不確実な状態にある。駆け出しのジャーナリストとして、明確なキャリア戦略のストーリーを持ち合わせていない。

「悪魔」の編集長のアシスタントという職に就くというポジショニングにしても、その後のすったもんだで転職するというリポジショニングにしても、キャリアの初期にありがちな試行錯誤という話で、本当の意味での戦略転換ではない。変革すべき戦略をいまだに確立していないだけであり、だからこそ路線転換が単純な意思決定ひとつで可能になる。

 時間をずっと先に延ばして、中年期のベテラン・ジャーナリスト(仕事はシリアスな社会派ジャーナリスト)になったアン・ハサウェイを描くパート2があったらどうだっただろうか(主人公役はパート1で悪魔を務めたメリル・ストリープにすると面白い)。自分の能力とかやりたいことと、今の自分の仕事の間にギャップや葛藤があったとしても、自分のやり口が確立されているベテランとしては、リポジショニングは容易ではないはずだ。

 話を『プラダを着た悪魔』に戻すと、確かに編集長は悪魔のような振る舞いをするのだが、これにしても長い時間をかけてキャリアを築いてきた彼女の立場に立てば、一貫した「戦略」が確立しきっているわけで、ときどきは「もっと人にやさしく謙虚にしなきゃいけないわよね……」とか内心思いつつも、そう簡単には路線転換ができないのである。

 話を企業に戻す。優れた戦略ストーリーを誇る会社にしても、一貫したストーリーを構築するまでには、ほとんどの場合、アン・ハサウェイが経験したような試行錯誤を経ている。拙著で取り上げたスターバックスやアマゾンもその例外ではない。今の出来上がった戦略ストーリーからみれば、相当に頓珍漢なことを初期の時点ではやっている。しかし、そうした試行錯誤がなければ、後の優れたストーリーもあり得なかった。

 というわけで、詭弁めいてくるが、戦略転換を可能にする第一の条件は「まともな戦略を持っていないこと」にあるという話でした。もうひとつの条件についてはまた次回。
 

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