よくできた戦略ストーリーの書き換えがきわめて困難であることの例証は枚挙にいとまがない。例えば、IT業界。この業界は20世紀の終わりから経済成長を引っ張ってきた、相対的に「新しい業界」ではあるけれども、爾来数十年を経過した今では、「成熟したIT企業」が出てきている。デルはその代表的企業だ。デルの構想した独自の戦略ストーリーは、パソコンをはじめとするITハードウェアの世界での強烈な戦略イノベーションであった。しかし、どんなに優れた戦略ストーリーでも、長期で見れば世の中の動向とズレてくる。デルは最近になってついに非上場化を決断し、戦略ストーリーの書き換えに舵を切った。上場している状態と比べればやりやすくなったとは思うが、それでも今後しばらくは塗炭の苦しみが続くだろう。

 デルの長年のパートナーであるマイクロソフトにしても、これまで何回か戦略ストーリーの書き換えを試みた節があるが、依然として、ウィンドウズとオフィスというアプリケーションソフトの両巨頭を軸とした従来のストーリーから脱却できていない。いろいろと新しい手は打ってみるものの、ちょっと目を離しているうちに、既存の戦略ストーリー(これがやたらめったらよくできた代物で、いっときの儲かり方は現在のアップルやグーグルの比ではなかった)に吸収され、埋没してしまう。逆に言えば、マイクロソフトの戦略ストーリーがそれだけ優れていたということだ。いっときの悪魔的な爆発力こそなくなって久しいが、現在の同社にしても、「そこそこの業績」どころか、(たとえばデルと比べて)まずまず優れた水準の業績を維持している。この先も戦略転換はしばらくないだろう。

 同じIT業界で言えば、現時点で戦略ストーリーが旬の時期にあるグーグルやアップルにしても、話は変わらない。そう遠くない将来、戦略ストーリーと世の中の動きとの間に乖離が生まれ、それが徐々に大きくなってくるのは間違いない。そうなっても、「変化を先取りした戦略転換」はまずあり得ない、というのが僕の見解だ。その理由は、逆説的だが、これまでの両社の戦略ストーリーがとても優れているということにある。戦略転換に苦しむのは優れた戦略ストーリーが抱えている宿命だといってもよい。

 余談だが、グーグルとアップルを比較してみると、いずれも優れた戦略を持った企業ではあるが、ストーリーの一貫性という意味では、アップルに比べてグーグルはやや落ちると思う。よく知られているように、グーグルは収益エンジンとなっている創業以来の広告事業の傍らで、わりと「つながり」の点で意味不明というか、ツメが甘いというか、「なんでこんなことするのかな」と思わせる奇妙な事業へと投資をしている。この辺、戦略ストーリーを意図的に「緩く」しておいて、遊びをもたせ、変革への間口を広げようという意図があるのかもしれない。