興味深いのは相違点の方である。僕が面白いと思ったのは、これらの相違点から、(それぞれの映画が意図したわけではもちろんないけれども)結果的にイイ感じで日米対比の構図が浮かび上がってくるということだ。

 上記のような共通点がありながらも、次のような点で『プラダを着た悪魔』と『フラガール』は好対照になっている。(1)アン・ハサウェイのジャーナリストが自立(を志向)し、自分のキャリア・ゴールを明確にもって大都会に自ら出てきた独立(を志向)した個人であるのに対し、蒼井優のフラダンス練習生は素朴な昭和日本の少女で、好奇心は旺盛だけれども家族や友達や地域とのしがらみに悩み、ダンサーになる決意をした後でも他の練習生とのチームワークを重視する(この点、アン・ハサウェイのジャーナリスト志望の若者、蒼井優のフラダンス練習生はこれ以上ないほどのハマり役)、(2)編集長のメリル・ストリープがゴリゴリのトップダウン上司で能力も抜群、その反面部下に無理難題を吹っかけまくるのに対して、常磐炭礦の上司である岸部一徳は徹底して現場志向で、見たところパッとしないフツーのおじさんだが、現場の人々のコンセンサス形成とモチベーションの向上に心を砕くボトムアップ型、(3)そして何よりも面白いのは、ともに路線転換をテーマにしながらも、そのアプローチが対照的だということだ。

 この2本の映画をいずれも路線転換の物語としてみると、両者の違いは企業変革や戦略転換に対する2つの異なったアプローチを暗示している。もう少し踏み込んで言うならば、このアメリカと日本のヒット作品は、アメリカ企業と日本企業が企業変革に対して自然ととりがちな構えの理念型を提示するまたとない事例になっていると読み取ることもできる。

 ま、僕がスキな「戦略論に無理やりこじつけて考える」という例のやつ(この連載で前にもオリンピックの国別の成績の比較でやった)なのだが、その中身についてはまた次回。

 

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