何が言いたいのかというと、こういうことだ。ITやシステムのような「ツール」はある構造をもって動いている経営を(ときには飛躍的に)前に進める力はあっても、ツールには構造そのものを変える力はない。リッツ・カールトンに構造改革というものがあったとすれば、その起点はITシステムの導入にはるかに先行して、競合に対して差別化された付加価値をアンティシペーションに基づくサービスと定義したことにあった。その戦略意図を実現するために、企業文化から組織の分業構造、従業員の採用と教育、報酬システム、スタッフの間の日常的なコミュニケーションのルーティンを長い時間をかけて構築するプロセス、そのすべてが総体として動いた結果、新しい構造がリッツに生まれ、定着した。ITシステムはそうした戦略とマネジメントの構造を強化し、これまでも粛々とやってきたことをより効率的、効果的にやるための手段に過ぎなかった。

 聞いた話なのでうろ覚えだが、ポルシェの製品開発には「シャシーはエンジンよりも常に速くなくてはいけない」という掟があるという。弩級の強力エンジンができても、それは結局車に搭載されて初めて意味を持つ。車全体としてポルシェらしいソリッドでステディーなドライヴィングを約束するものでなければぶち壊しになる。だから車台(シャシー)の方がエンジンよりも速くなければならない。

 これと同じで、ツールといまその会社を動かしている既存の構造にギャップがある場合、既存の構造が必ず勝つ。ツールを使いこなせず、せっかくのツールが既存の構造に埋没しておしまいとなる。それがどんなに華々しいエンジンに見えても、個別のツールを構造改革の飛び道具と考えてはならない。ITをはじめとするツールは経営に少し遅れてついてくるぐらいでちょうどいい。ツールが経営に「遅れて」いれば、すでに動いている構造にうまく吸収され、成果をもたらす。しかし、それは「構造改革」とは似て非なるものであり、改革どころか「構造強化」を志向しているということを忘れてはならない。

 

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