気がとがめるなら、後から説明すればいい。自分の仕事は完全なる集中が必要で、どんな小さな邪魔でも思考の流れが途絶えてしまうということを。しかし邪魔が入ったその場で説明してはならない。場の不快感が軽減されてしまうからだ。

 こう考えてみてほしい。結局、人は境界線を知っているほうが安心できるのだ。その瞬間はつらいかもしれないが、長い目で見ればストレスと不確実性が減る。誰でも、自分の置かれている立場や状況は明確に知っておきたいだろう。

「たしかにね」娘のイザベルに自分の矛盾を指摘された私はこう告げた。「そのルールは守るのが難しいんだ。なぜなら、パパも君たちに会いたくてたまらないからだよ。けれどルールというのは、本当に大事なものなんだ。だからルールは二度と破らないよ」

 次の日、私がパソコンに向かって仕事をしていたとき、いつものようにイザベラとソフィアがドアをノックした。そして私の返事を待たずに部屋に入ってきた。

 私は娘たちに向き直り、「出ていきなさい」と言った。

「だってパパ・・・・・・」

「出ていくんだ」もう一度言った。

「あのね、私たちはただ・・・・・・」

「駄目だ。出ていきなさい」もう一度言いながら、心が痛んだ。娘たちに会いたいし、本当に何か助けがいるのでは、と一瞬心配にもなった。もし1人がけがでもしていたら? もし台所が火事だったら? でも、彼女たちと目を合わせなかった。妻は家にいる。火事だったら妻がどうにかするだろう。

 数日後、娘たちはまたも侵入してきたが私は応じなかった。以来、彼女たちはルールを守っている。


原文:The Cardinal Rule of Rules March 10, 2010