話はずっと過去に遡る。個人的な話なのだが、昭和の末期、大学を出たあと就職せずにぶらぶらしていたときに、僕もいま考えればこのCV職のような扱いで、リクルートでしばらく仕事をさせてもらったことがあった。当時のリクルートはもう「大企業」といってよい規模だったが、ふらっと話を持ちかけたにも関わらず、まだ20代前半の僕の希望と、僕なりに将来やりたいことをよく聞いていただき、実に柔軟な条件で仕事をさせてもらった。これで食いつなげたことが、当時の僕としては非常にありがたかった。これをきっかけに、リクルートのいろいろな方々と知り合い、今の仕事をするようになってからも、断続的にリクルートの人々との関係は続いている。

 もちろん当時のリクルートには「CV職」という名前も仕組みも存在しなかった。CV職が制度化されたのはずっと後のことだ。しかし、当時から僕のようなスタンスで仕事をしていた人はほかにも社内にはあちらこちらにいたはずだ。社内のさまざまな部門でそうした人々をうまく使う経験を蓄積し、それが会社にとってごく当たり前のことになったタイミングで、CV職という「制度」が整えられたというのが実際のところだと思う。

 このほかにも、人事部の介入なしに、自分の意志で自由に移動できる制度(元の部門の上司は反対できない)とか、ボトムアップで発案者が新規事業を立ち上げられる制度など、リクルートは「革新的な制度」の「先行的な導入」でこれまでしばしば注目されてきた。これは推測だが、こうした「革新」の多くは、実際に社内でずっとまえから徐々に始まっていた動きを事後的に制度化したものが多かったのではないか。だからこそ実行がともない、社内に定着し、結果的に「構造改革」になったのだというのが僕の見解だ。

 何が言いたいのかというと、この話のポイントは、少なくとも当事者の主観においては、リクルートの人々は「構造改革」などという大仰なことをしようとは端から考えていなかった、ということだ。文字通りの「構造の改革」として大上段から構造改革に取り組まなかったからこそ、構造改革を実現できた、という逆説である。