いずれにせよ、「終身雇用と年功序列」という組み合わせにはそもそも無理がある。うまく回るとしたら、企業がどんどん成長し、しかもその成長が一定期間持続するという条件が満たされているときだけだ。昭和の高度成長期は、まさにそういう時代だった。経済は右肩上がりで成長し(それにしてもなんでみんな「右肩上がり」という比喩を使うのだろう。おじちゃまが大スキなフレーズですよね。「右肩上がりの時代ならまだしも……」とか。「右肩下がり」というとトーンが暗いので、これからは「左肩上がり」と言った方がいい。「これからの左肩上がりの日本にあって…」とか。何となく元気が出てくる)、会社の売り上げは鰻登り(しかも梅干しつき)。社員はどんどん必要だし、事業の幅も広がるから、ポストもバンバン増ええていく。こういう当時の状況が、「終身雇用と年功序列」の無理を無理でなくしていただけで、状況が変われば剥き出しの無理が残るだけだ。

 こうした中で構造改革に先行した企業のひとつがリクルートだった。「相対的に(当時は)新しく若い企業だからできたことだ」といえばそれまでだが、リクルートはいくつものアクションを起こしている。たとえば、古い例になるが「キャリアビュー(CV)職制度」。CV職というのは1年ごとの契約に基づく一種の短期雇用の仕組みだった。契約は毎年更改で、最長で3年まで。

 ポイントは、これが正社員の採用を抑えてコストを落しましょう、という単純な話ではなかったということだ。CV職は組織と個人の新しい建設的な関係を意図したものだった。CV職の人々も正社員と同じようにチャレンジングな仕事を任される。リクルートで仕事をすることによって、自分のキャリアにとって有用な経験を積み、次のキャリアへのステップにしたいという強い意図をもった人がCV職として入社してくる。会社の側も、短期雇用の社員だからといって「絶対に使い捨てにしない」というスタンスをはっきりと表明する。だから、CV職を「卒業」した後も、いろいろな形で関係が続き、リクルートのビジネスにとっても重要なネットワークを形成している。

 もう数年前の話だが、柏木斉社長(当時)からこの話を聞いたときは、リクルートの正社員が2700名に対して、CV職の人々が3100名ということだった。CV職は制度として完全に根づいていたといえる。次々と新しい事業領域を開発していくというリクルートの商売のスタイルにとっても、CV職の人々は重要なエンジンとしての役割を担っていただろう。