●結果を常に、運を反映する帰無モデル(null model:すべての変数が無関係であるとする仮説)と比較する

 良い結果であれ、悪い結果であれ、常に「運だけでは、どのような結果になっていただろうか」と考える。この考え方は、スポーツにおける「ホットハンド」(1度成功すると、次も連続して成功する確率が上がるとする説)の有効性を評価するうえで中心的な役割を果たす。たとえばバスケットボールの試合で、最後にシュートを決めたプレーヤーが次のシュートを決める可能性が他より高い(このプレーヤーはホットハンドを持っている)ため、連続シュートが期待できると信じて主張する者がいる。しかし、連続シュートは珍しいことではなく、さらにまったくの偶然の仕業であるというにふさわしいものだ。したがって問題は、何回続けてシュートを決めたのかではなく、偶然のみが作用する場合に比べ、何回シュートを決めることができたのかが重要となる。この基準を実験データに応用すると、素晴らしいプレーの有効性は消滅する。これと同じ原則はビジネスにも当てはまる。常に、偶然がもたらしうる結果を考慮することだ。

●平均水準への回帰

 実力と運を組み合わせたシステムはどのようなものであれ、時間の経過とともに平均水準へと逆戻りする。すなわち、善かれ悪しかれ極端な結果の後には、平均水準に近い期待値を示す結果が続くことになる。投下資本利益率(ROIC)の高い企業グループを例にとってみよう。この企業グループを長期間観察してみると、ROICが資本コストの水準に向かって逆戻りしていくのに気づくだろう。重要なのは、平均水準への回帰率が、運が果たす相対的な寄与度の関数となる点である。経営者が平均水準への回帰のワナに陥ってしまう理由は、その存在を認識していないか、その意味を理解できないか、あるいはそれに従って対応していないためである。

●ランダム性(偶然・確率的要素)に対する報酬

 理想的な報酬制度とは、目的達成に貢献した個々人の能力に対して報酬が支払われることである。しかし実際には、多くの報酬制度の下で、ランダム性に対して報酬が支払われている。その顕著な例の1つが、従業員ストックオプション(ESO)の活用である。ESOは、経営者と株主の利害を一致させるという意義ある目標を掲げているが、現実には、おおむねランダム性に対して報酬を支払うことになってしまっている。株価が非常に高い水準まで高騰した1990年代、ESOの対象であった企業幹部は、個人の相対的な業績が良くない場合でも、多額の報酬を受け取った。そして2000年代に活躍した企業幹部は、ESOの恩恵を受けることができなかった。最終的な支払額を決定するうえで、予測のつかない市場の変化が、企業幹部の実際の業績よりも大きな影響を及ぼしたのである。報酬制度は、できるだけランダム性を排除するように改良しなければならない。

●スター社員の採用

 一部の企業は、他の組織からスター社員を引き抜くことによって業績を高めようと努めている。このやり方には多くの課題が伴う。第一に、業績の大部分がコンテクスト(背景事情)に依存している。つまり、ある状況で成功できた者でも、別の状況では苦労するのだ。第二に、スター社員は多少なりとも幸運の持ち主である場合が多い。たとえば野球で打率3割の打者には、4割以上の打率または2割以下の打率を示す期間があるはずだ。平均以上の結果を残した期間の直後に市場に出たプレーヤーは、ある程度、運に基づいた評価を受け、報酬を手にするのだ。研究によると、スター社員が新しい組織に対して優れた価値をもたらすことはまれである。

 10年前、ナシーム・タレブはベストセラーとなった自著『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』(邦訳2008年、ダイヤモンド社)で、運の役割についての意識を喚起した。今や、実力と運の相対的な寄与度を定量化してビジネス手法を調整することによって、実力による貢献を重視するという次の段階に進む時である。


原文:Untangling Skill and Luck February 7, 2011