ビッグCとリトルC

 創造性ははっきりと定義しにくい。たとえば、インディアナ大学のジョナサン・プラッカー教授は、創造性にかかわる多くの学説をレビューして、創造性とは「新奇であり有益であると判断された作品や製品を生み出す個人の才能とグループ・プロセスと環境の相互作用である」と定義している。

 どうだろうか? 創造性を、「新奇で、かつ有益なものを生み出す能力」というふうにシンプルに定義したとしても、わかったようでわからないもどかしさがあって、おへそのあたりがかゆくなってしまう。

 ふつう、創造性を天才や偉人のものと見るふしがある。創造性が高いと思われる人物を思い浮かべてみよう。たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチやニュートンやシェイクスピアやベートーベンなど。天分の才をいかんなく発揮して、後世に名を遺すような偉大な発明や作品を生み出すことがある。このような天才の資質を「ビッグC」創造性と呼んでいる。

 iPhoneやiPadで情報社会に革命を起こしたアップルの創業者スティーブ・ジョブズ。彼には天才の名がふさわしい。スマートフォンやタブレットPCなどの登場によって、われわれの日常のコミュニケーションはいうに及ばす、教育や芸術や音楽やビジネスのあり方が大きく様変わりしたからだ。

 クレージーな人たちがいる。反逆者。トラブルメーカー。世の中を違った目で見る人たち。ルールを嫌い、現状を肯定しない。「シンク・ディファレント」を地で行ったスティーブは、その早すぎる死によって、現代のミューズ(創造の神)となったようだ。

 一方、われわれ1人ひとりは、日々の生活の中で、新しく有用な働きかけをすることがある。たとえば、冷蔵庫の残りものを使って、わが家ならではの昼ごはんをこしらえたりする。こちらを「リトルC」創造性と呼んでいる。

 現代では、多くの創造的活動は、一握りの天才の手に委ねられるのではなく、多くの普通の人々の、小さな創造性の積み重ねでできている。革新的なアイデアは出せなくても、不断のカイゼンによって細かな欠点を無数に修正していけば、きわめて高い品質を実現できる。そこにわが国の強みがあり、イノベーションの素がある。