いまそこにあるニーズ

 周知のように、iPhoneの製品としての非連続性は、ユーザーとのインターフェイス(その主要なものが従来型の携帯電話よりも大きな画面とタッチパッド方式の入力)にあった。こうした非連続性は、すべて使用する顧客の側の連続性を追求したものであるといえる。アップルの製品を評して「直観的に操作できる」ということがよくいわれる。ここでいう「直観的」というのは、ユーザーがとりわけ新しい努力や学習をしなくても、自然とこれまでの延長上で使いこなせる、ということを意味している。

 アップルがこの10年に世に出した一連の製品がイノベーションになり得たのは、言うまでもなく最終的に提供する顧客価値において非連続性があった(これまでの製品をその延長上に進歩させたものではない)からだが、よくよく見てみると、技術や製品仕様の非連続性がいつもユーザーにとっての連続性と隣り合わせになっている。

 逆説的に聞こえるが、常に非連続性を追求しているように見えるアップルは、その実、かたくなな連続性の信者でもある。「これまでと違う新種のユーザー」にはまったく期待していない。顧客が「する」ということに関しては、アップルはIT業界の中でずば抜けて「保守的」なのだ。非連続の中の連続、ここにアップルの凄味がある。

 ITのような業界では、自然と非連続的な背景が描ける。非連続な技術や使用状況についてのアイデアはいくらでも出てくる。非連続性を追求すること自体はそれほど難しくない。しかし、ユーザーが必ず「する」についての深い洞察に基づいて、非連続性の中にきっちりと連続性を創り込める会社は稀である。ここにアップルのイノベーションの本質がある。

 非連続的な価値を創造するためには、使用する顧客の側での連続性を取り込むことがカギになる。このイノベーションの逆説的な本質を考えてみると、イノベーションが狙うべきは「いまそこにある」ニーズでなければならない。

 iPhoneやiPadにしても、技術的に新しかっただけで、それが焦点を定めたニーズは「いまそこにある」ものだった。ツイッター(ブログに書くほどのこともない日常のつぶやきの共有)にせよフェイスブック(文字通り、あるコミュニティの範囲での「フェイスブック」)にせよ、最近の例でいえば「ライン」(とにかくシンプルで即時的なつながり)にせよ、こうしたイノベーションがとらえようとしたニーズの本質は、それを実現する技術的手段がなかっただけで、いずれもインターネットや携帯電話が出てくるずっと前、極端に言えば100年以上前から人の世の中に確固として存在するニーズだった。

 この点でもイノベーションは技術進歩とは異なる。技術進歩であれば、「いまはすぐに実現できないけれども、10年後を見越していまから粛々と取り組む」ということが普通にある。しかし、「いまはまだないけれども、将来は可能性のあるニーズだから…」というような発想ではイノベーションはおぼつかない。人間や社会のニーズというのは、その本質部分では相当に連続的なものだ。だとしたら、「まったく新しいニーズ」とか「いまはないけれども将来は出てくるニーズ」などというようなものはもともと存在しない。いまそこにないニーズは、将来にわたってもないままで終わる。

 未来を予測したり予知する能力など必要ない。いまそこにあるニーズと正面から向き合い、その本質を深く考える。大きな成功を収めたイノベーションはその点で共通している。

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