認知された非合理

 サウスウェストのやったことが、それまでの競合他社(LCCが一般化した現在でいう「レガシーキャリア」)にとってあきらかに「非合理」なものとして考えられていたからだ、というのが著者の見解だ。サウスウェストの戦略ストーリーをそれまで誰も思いつかなかったのは、それが他社にとっては「バカなこと」であり、「やってはいけないこと」だったからだ。ビジネスは合理性を求める。非合理なことであれば、誰もやろうとしないのが合理的な成り行きだ。

 「A(構成要素)がX(望ましい結果)をもたらす」という因果論理がその業界や周囲にいる第三者に広く定着しているとしよう。同時に「BがXを阻害する」という信念が共有されていたとする。このときにAは「合理的」で、Bはそれまでの「合理的戦略」をとる企業にとって、「認知された非合理」となる。多くの会社がAを選択し、Bには手を出さない。Bはそもそも意思決定の選択肢にも入らないだろう。むしろ、意識的な忌避するべきこととして遠ざけられる。こうした状況で、ある会社がBという構成要素を中核に据えた戦略ストーリーをつくる。これが戦略のイノベーションとして結実する。

 サウスウェストによるLCCの戦略イノベーションは、まさにこうした成り行きで生まれたものだといえる。上の例でいう「合理的」なAに当たるのがハブ&スポーク方式、Bに当たるのが小規模空港間の直行便だ。

 ハブ&スポーク方式を使わないということは、国内便を運航する航空会社にとって、一見してきわめて非合理な選択だった。アメリカには中小都市が拡散しており、そこに航空サービスの需要が生まれる。ひとつひとつは小さくても、合計すると大きなマーケットとなる。しかし、そうした中小都市のすべてに路線を張り巡らせるとあまりにもコストが高くなる。そこで大手航空会社はハブ&スポーク方式を導入した。

 ハブ&スポーク方式は国内線を運航する航空会社にとって良いことづくめだった。需要のそれほど大きくない中小都市間の直行便を廃止し、中小空港(2次空港)からはすべてハブ空港に向かわせる。短距離便をハブ空港に集めることによって、職員や機材をハブ空港に集約し、オペレーションを軽くすることができる。ハブ空港につなぐだけで、世界中から集まってくる乗客を相手にすることができる。搭乗率の向上が期待できる。

 アメリカのいろいろなところに住んでいる乗客は、最寄りの空港からまずはハブ空港に飛ぶので、そうした人々に国内便を利用させることができる。逆に、ハブ空港から飛び立つ短距離便は、そこに集まる大量の乗客をつかまえることができる。ハブ空港を経由すれば、多様化する乗客の目的地にも効率的に対応することができる。

 このように、ハブ&スポーク方式は、長距離国際便だけでなく、国内の短距離便にとってこそ合理的なシステムであった。しかも、競合他社がハブ&スポーク方式の効率性を追求すればするほど、ネットワーク外部性がはたらく。ハブ&スポーク方式の合理性はますます大きくなる。ハブ空港を使わないということは、今そこにいる大量のお客さんをみすみす切り捨てるということになる。まるで非合理な話に聞こえただろう。だからこそ、誰も思いつかなかったのだ。

 サウスウェストの戦略イノベーションから40年が経過し、LCCは世の中に定着した。今となってはLCCも「よくあるひとつの戦略カテゴリー」にすぎない。航空業界は、そろそろ次の戦略イノベーションが求められる段階にあるといってよいだろう。

 次に来るものは何か。航空業界にはどのようなイノベーションがあり得るのか。それは著者にはわからない(わかっていたら、こんな商売はしていない)。ただし、ひとつだけ確かなことがある。それは、いまの航空業界が「合理的」だと考えていることの延長上には、進歩はあっても、イノベーションはないということだ。あからさまに「合理的」なことだけをやろうとしても、決してイノベーションにはならない。そんなに「合理的」なことであれば、だれかがすでにやっているはずだからだ。

 「認知された非合理」を乗り越える。ここにイノベーションと進歩の分かれ目がある。

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