素材産業の強み、生産技術の強み

 私は日本の素材産業にも期待しています。近年、日本はノーベル化学賞受賞者を多く輩出しています。世界的な業績をあげた化学者たちの姿を見て、多くの優秀な若者が化学を志し猛勉強に励んでいることでしょう。

 ある分野でスターが登場すれば、若者の進路に影響を与え10年後、20年後の産業地図に反映されます。かつて湯川秀樹博士に憧れて物理学を学び、エレクトロニクス産業に就職して活躍した人は少なくありません。同じことが化学分野で起こり始めています。

 そもそも、複雑な化学素材を開発し量産するというプロセスは日本人に向いています。新しい化学反応を見出すには、材料や条件を微妙に変えながら地味な実験を何千回、何万回も繰り返す必要があります。気の遠くなるほどの作業を継続する粘り強さにおいて、日本の研究者・技術者は最上の資質を備えているように思います。

 自動車や化学素材などの産業においては、生産技術の重要性が高いことも日本企業の強さにつながっています。コンセプトづくりなどの最上流プロセスでは米国企業に完敗するケースが多いのですが、生産技術において日本企業がアドバンテージを持つ分野は少なくありません。

『いまこそ出番 日本型技術経営』(*3)では1章を割いて「生産技術ドリブンイノベーション」の重要性と可能性を論じています。この章を執筆したMOT専攻の卒業生たちは次のように述べています。

「イノベーションが生み出される過程において、生産技術の存在は、単に物を作るだけの役割ではなく、生産技術のドライブによって生み出されたイノベーションも多くある」

 この言葉に私は同意します。これからも、生産技術に由来するノベーションはある比率を持って存在するでしょう。また、生産技術は日本企業の最大の強みであり続けるでしょう。日本企業がこのことを十分認識したうえで技術経営に向き合えば、その強みが簡単に揺らぐことはないはずです。

 決して開発技術を軽視しているのではありません。開発と生産、それぞれの強みを磨けば両者の間で起こる相互作用の質も高まります。その結果として、生産技術ドリブンイノベーションが生み出されることも多いのです。

*3 伊丹敬之/東京理科大学MOT研究会編著、日本経済新聞出版社刊