競争環境改善の例として彼らが挙げるのは、ヒューレットパッカード社が、自社の操業する地域の貧困層若年世代を対象に、プログラミング能力の開発訓練を無償で提供し続け、その中から優秀人材を確保していくといった活動である。こうした企業の本業を通じた社会性の追求(本事例の場合は教育機会の提供と収入機会の創造)は、経済性に対して正のシナジーを持ち得るし、そのような種類の社会性の追求をこそ企業は目指すべきだ。そうした社会性追求は企業戦略として矛盾のないものだ、と主張する。そして企業と共にコミュニティも裨益する「共有価値(shared value)」という概念を提起している。

企業が社会性を追求することの
戦略上の意義

 さて、これにて大円団、一件落着、と言いたいところだが、話はこれで終わらない。実はPorter & Kramer(2011)の中には看過できない「揺らぎ」、もしくは「あいまいさ」が残る。それは企業にとって「自社が社会性を追求することの意味」である。つまり、企業による社会性追求が単に経済的価値実現の手段の一つにすぎないのか、それとも企業目的の一つであるのか、という問題だ。

 ある学会でコーネル大のハート教授に同じ問いを発したところ、「それは難しい問題だよ。なぜなら両方であり得るから」という答えをもらったが、この論点は企業の社会性と経済性を巡る議論を理論化する(因果関係のかたちで整理する)上で、また、企業が自社の社会性追求をどのような論理で内外に対し正当化するかにおいて、避けて通れない問題である。

 上記論文中の主張で代表的なものを紹介する。

1.“Shared value is not social responsibility, philanthropy, or even sustainability, but a new way to achieve economic success.” (共有価値とは社会的責任でも、フィランソロピーでも、ましてや持続可能性ですらない。それは経済的成功をもたらす新たな方法である)。明確に、社会性の実現は経済価値実現の手段、ということになる。