技術者は新しい分野を恐れるな

 先ほどブーメランと言いましたが、2000年代に入ると多くの日本の技術者が海を渡って韓国、台湾、中国へ行きました。同時多発テロが発生した2001年、米国のマーケットは冷え込みました。日本企業にとって痛手だったのは、同時期に起きたITバブルの崩壊です。

 日本のエレクロニクスメーカーは大打撃を受け、軒並み大きな赤字を計上しました。そして、大量のリストラに追い込まれます。リストラ自体は正しい経営判断だったと思いますが、もう少し後のことを手当てしておくべきでした。

 技術やノウハウを持った50代の人たちが大量に退職すれば、それが5年後、10年後にどのような影響をもたらすかをある程度見通すことはできたはずです。中国や韓国、台湾のメーカーの成長は一義的には現地の人たちの努力によるものですが、多くの日本人がそれを支えたことも確かです。

 急激な環境変化が起きてからでは、実行できる打ち手は限られます。経営者は長期的な視点で、常に「次のメシのタネ」を見つける努力をしなければなりません。エレクトロニクスのように変化の激しい産業なら、なおさら、培った技術やノウハウを別の分野に生かす方策を考える必要があります。

 エレクロニクス産業には幅広い製品分野があります。特定分野で身に付けた技術の転用先は少なくありません。そのような取り組みを、日本メーカーはどれだけ本気でやってきたでしょうか。

 これは経営者だけでなく、現場の技術者にも言えることです。違う分野への異動となると、多くの技術者が拒否反応を示します。「自分がやってきた技術ではないからイヤだ」というわけです。四の五の言わずに勉強しなさい。違う分野に行けば、案外楽しことも見つかるものです。

 わがMOT専攻の専任教員、別所信夫教授の話を紹介しましょう。別所さんは化学メーカーのJSRで、研究開発や事業開発を担当する取締役を務めたという経歴の持ち主です。研究開発担当役員時代、「研究者と技術者については、5年おきにローテーションを行う」というルールをつくったそうです。例えば、合成ゴムから液晶フィルムへ、あるいは技術部門から営業部門への異動もあります。

 当初社内では、「専門性の蓄積ができなくなる」と大反対が起きました。別所さんが言うには「分野は違っても、みんな化学をやっている。同じことを5年もやっていれば、普通は飽きますよ」とのこと。当の技術者の気持ちは推測するほかありませんが、私は別所さんの言う通りだと思います。最初はしんどいかもしれませんが、しばらくやっていると楽しくなる。そもそも、技術者は新しいことが好きなタイプの人たちでしょう。