技術経営の「常識」のウソ

 東日本大震災の後、私は何度も被災地を訪れました。その度に、言いようのない怒りにとらわれます。すべてにおいて遅すぎる、少なすぎる。何も起きていない。被災地の悲しい現実を見ながら、「この国は亡びるかもしれない」という恐怖に似た感覚を覚えました。

 そして、こうも思いました。目の前の光景は、日本企業で起きていることと同じだと。みんなが過去のルール、過去の慣行に縛られていて、その枠組みの中で何とか物事を処理しようとしている。中央に大きな戦略やプランをつくる能力がない。能力のない中央にお伺いを立てなければ、何も進まない。

 復興が進まないからといって、被災地の人たちを責めるのは酷です。現場ではどうしようもない国の仕組みが、そこには大きな壁として横たわっています。しかし、経営者が本気になれば、企業の仕組みは変えられます。その意味で、先に挙げたエレクトロニクスメーカーをはじめとする企業経営者の責任は重大です。

 では、復活へのアプローチはどのようなものでしょうか。その答えを持ち合わせているわけではありませんが、技術経営に対する正しい認識を持つことはその出発点になるでしょう。言い換えれば、これまでは間違った認識が常識のように語られることが多かったように思います(*1)

 その一例が、垂直統合と水平分業をめぐる議論です。日本のエレクロニクス産業が衰退した理由として、しばしば聞かれるのは「日本メーカーは垂直統合にこだわりすぎ、水平分業に乗り遅れた」という解説です。こうした見方に対する反証の1つは、シャープの堺工場を事実上買い取った、鴻海(ホンハイ)精密工業(台湾に本社を持つ世界最大のEMS企業)でしょう。同社は単なる製造下請け企業ではありません。大量の金型技術者を抱え、工場には何万台という規模の工作機械を設置し、かなりの部品の内製もしています。ホンハイは垂直統合により品質と効率を追求しているのです。

 ただし、日本企業の垂直統合と比べるとカバーしているエリアが異なります。生産プロセスに限ってみると、日本のエレクトロニクスメーカーの多くは「部品は外部に任せ、組み立てから先を担当する」というやり方。一方のホンハイは部品を含めて、生産プロセスを統合しています。「どこからどこまでを統合するか」が違うだけで、両方とも垂直統合であることに変わりはありません。

 もう1つの例は、「日本企業は知財戦略で負けた」という言説です。いわく、大事な技術が中国や韓国に流出し、それがブーメランのように返ってきて日本企業を苦しめていると。しかし、それが本当の理由でしょうか。

 流出したのなら、それを補えるだけの技術を新たに開発すれば相手を引き離すことができるはずです。日本企業はそのために、どれだけのエネルギーを投入してきたでしょうか。どの技術を、どのような製品に仕立て上げ、どのような売り方をすべきか。技術経営への向き合い方は間違っていなかったか、技術そのものはやせ細っていないか。そこにこそ、問題の本質があります。

 多くの日本企業がこれまで知財にあまり目を向けていなかったことは確かでしょう。だから、知財で負けたと言われると、つい納得してしまう人も多い。しかし、私には技術力と技術経営で負けたことを覆い隠すために、都合よく知財が使われているように見えます。

*1 『いまこそ出番 日本型技術経営』『技術経営の常識のウソ 』『日本の技術経営に異議あり』(いずれも日本経済新聞社、2011年、2010年、2009年)