この高村さんの会社を訪問する機会があった。場所は東京の渋谷。新しい業界の若い会社だから、オフィスで働いている社員もみな若い。平均年齢は20代半ばといったところか。僕と同世代のDCN(ド中年)は見る影もない。半分ぐらいが女性で、ほぼ全員茶髪。メイクもファッションもチヨだ。もちろんチヨといっても、彼女たちはチヨを知らない。「チヨを知らない子供たち」だ(ついてこられない読者のために念のため確認しておきますが、かつて「戦争を知らない子供たち」という曲があった。そのもじり。説明するとまったく面白くありませんね、はい)。チヨといってもせいぜい「辺見えみりのお母さんの昔の同僚」ぐらいの認識しかない世代だ(辺見えみりも古すぎて知らないかな?僕は逆に新しすぎて辺見えみりという人を知らなかった。ママのマリをウィキペディアで調べていたら出てきた。パパの輝彦もかっこよかった)。彼女たちのファッションはあくまでもアユなのであってチヨなわけではない(カエラかもしれない。いずれにせよ、この辺、僕の認識はおそらくわりとズレていると思うのだが、気にせずどんどん話を進める)。

「みんな若いね!茶髪だね!」と感心していたら、高村氏は「え?これ普通でしょ。いま茶髪じゃない人はあまりいないんじゃないの?」とのこと。自分も若いころはDCNが(彼ら自身も昔若かったにもかかわらず)なぜか若者からズレていくのを不思議に思っていたものだが、いざDCNになってみると、自分も確実にズレていくのが面白い。

 話は再びそれるが、高村さんはVネックのセーターを、シャツなしで素肌の上に着て、その上にジャケットを羽織っていた。DCN諸兄はこういう着方はまずしない。Vネックのセーターは襟付きシャツの上に着るものだと思い込んでいる。ジャケットの下に着るとなると自然とトックリ首(はさすがに古いか。タートルネックのこと)のセーターを選ぶ。そんな話をしていたら、一緒にいた盧茂さん(共通の友人で高村さんと同世代)は「え?Vネックの方が普通じゃないの?僕も普段はほとんどVネックにジャケットですよ。タートルはチクチクするから……」とのこと。こうしてDCNはDCNを自覚し、ますますDCNの道を邁進するのであった。

 話を戻す。サイバーバズのアユ軍団はいたって元気に働いている。茶髪を振り乱し、おしゃれなブーツを踏み鳴らして、バンバン仕事をしている。職場に活気がある。全員で前へ前へと進んでいるのがわかる。僕からみればファッションはチヨ(もしくはアユもしくはカエラ)なのだが、メンタリティはチヨとは真逆だ。チヨといえば「恋の奴隷」(それにしてもこれ、名曲ですね。だいたいチヨはナイトクラブたたき上げの玄人なので歌唱力が違う。大ヒットを連発してスターになってからも、ライブはナイトクラブが多かったそうで、ライブ・アルバム『ナイトクラブの奥村チヨ』は歴史的大名盤といえる。京都のナイトクラブ「ベラミ」で収録されているのもたまらない魅力。バックバンドもノリに乗っている。昭和の京都を代表するクラブだったベラミは、1978年7月11日、山口組の田岡一雄組長がショーを楽しんでいる最中に、松田組系組員の鳴海清に突然狙撃された場所としてつとに有名。不謹慎な話だが、田岡組長が狙撃される場所としてベラミほどぴったりくるところはない)。いま聴くと「恋の奴隷」の歌詞はスゴい。「あなた好みの女になりたい」と「膝にからみつく(子犬のように)」。「右といわれりゃ右向いて」と何から何まで男の言いなり。それでいて「とても幸せ」という昭和の耐える女性像。「悪いときはどうぞぶってね」「好きなように私を変えて」「好きな時に思い出してね」というのだから、もうやりたい放題だ(ただし、のちに奥村氏の自伝を読んだら、ご本人はこういう歌を歌うのがイヤで仕方がなく、歌詞からくる自分のイメージに辟易としていたらしい)。