その点日本の金融機関は、依然としてウォール街的な報酬システムにはなっていません。結果的に、報酬の水準もわりと低い。従来は日本の金融のレベルが低いからだといわれていました。日本の金融機関には専門性がない、最先端の技術がない、グローバル化に対応できていない……だから欧米の金融業のように稼げない、それゆえ報酬も低いのだと。

 しかし、それは逆にいえば、ウォール街が開けてしまったパンドラの箱に毒されていないということでもあります。日本の金融業界には、70年代までのような健全な商売ができる土壌があるのではないかと思うのです。

「事業」と「金融」のトレードオフ

 この連載で以前にお話ししたこと(第8回の『「専業」の国、日本』)ですが、そもそも日本人には、生き馬の目を射抜く金融よりも、特定の分野での事業を地道に継続していくことが得意な人が多い。

 事業と金融では相当に異なる資質や能力、思考様式を必要とします。事業経営に必要なのは、なんだかんだ言って「粘り」や「蓄積」です。日本に限らず、古今東西変わらない商売の原理原則です。これと反対に、金融の世界でものをいうのは「見切り千両」、過去を忘れる力です。事業と金融は基本的なロジックにおいて大きく異なる面があります。

 事業は粘り腰で一生懸命やるけど金融はどうも苦手なのが日本だとすれば、逆に金融は強いけれども実業の商売となるといまひとつ腰が引けているのがイギリス。アメリカは、経済規模が大きく、一国内に大きな多様性を抱えているため、国のレベルでみればこれまでは事業と金融の両方のロジックを併せ持っているといえるかもしれません。ドイツは伝統的に日本に近い持ち味を持っている国と言えそうです。

 以前も登場していただいた、イギリスの投資顧問会社コラーキャピタルで活躍している金融のプロ、水野弘道さんとこうした視点での国際比較の話をしたのですが、水野さんが言うには「ドイツは日本に似ているけれども、ドイチェバンク(ドイツ銀行)という強力な金融機関が事業の裏方として産業界で大きな役割を果たしているのが強み」。

 統一通貨ユーロができたとき、ドイツ企業はヨーロッパを席巻しました。たとえば伝統的な巨大企業であるシーメンスなどは、ヨーロッパ全域のインフラ事業に進出し成長しました。シーメンスをはじめとするドイツ企業を陰で支えていたのがドイチェバンクです。お家芸である事業の強みと強力な銀行のコンビネーションがドイツの強みになっています。

 まだウォール街のような報酬システムを導入していない日本の金融機関が、ドイチェバンクのように実業を強力にサポートする力をつけたら、世界に誇れる健全な金融のかたちが実現するのではないでしょうか。そもそも金融業の役割はそこにあるのです。

 ちなみに先ほどの調査によると、日本企業のCEOの平均報酬は、アメリカの10分の1、イギリスの6分の1だそうです。当のCEOたちに聞けば、もっと増やしてほしいと言うかもしれません。でも、ウォール街のように、何十億という収入は質的にまったく異なる次元にあります。

 金儲けが悪いことはありませんが、儲け方に一定の規範、道徳、美意識があってしかるべきです。リーマンショック後のこれからの時代、日本の金融機関には、グローバルな規範となる意気込みで、真に実業を支える金融業の姿勢を示してもらいたいものです。

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