あからさまに面白そうなことであれば、強制されなくても自然と知りたくなる。いまが旬の話でいえば、「上場後のフェイスブックの収益モデル」。これだったら、ちょっと読んでみよう、知っておこう、という気になる人は多いだろう。それ自体がいかにも「面白そう」だからだ。

 ことほど左様に、「面白い話」であれば自然とインプットされる。しかし、ほとんどの場合、インプットすべき知識はそこまで天然モノの面白い話なわけではない。しかも、その手の面白い話には誰でも自然と目を向けるので、誰でも知っていることだ。特段の価値はない。

 やみくもに知識の量を増やそうとしても、面白くないのは当たり前だ。勉強の面白さは、ひとえに知識の質に関係している。上質な知識とは何か。それは「論理」である。論理は面白い。論理の面白さを分かるようになれば、勉強は苦にならない。それどころか、自然とどんどん勉強が進む。習慣になる。単純に面白いからだ。

 論理の面白さ(「知的な面白さ」とか「知識の上質さ」といってもよい)を説明するのは容易ではないが、ようするに「ハッとする」ということ。これが僕の見解だ。

 「ハッとする」にもいくつかのパターンがある。たとえば、「まるで関係がないと思っていたものが実はつながっている」というパターン。ご存知の向きも多いと思うが、「取引コスト」の論理などはその好例だ(興味のある方は各自調べてみてください。シンプルな論理です)。市場と組織、まるで違う取引メカニズムに見える。ところが、そこに「取引コスト」という論理の補助線を引いてみると、市場と組織は連続している。コインの両面といってもよい見事なシンメトリーの関係にあることがわかる。で、ハッとする。

 これとは逆に、ひとつのものだと思っていたものが実はまったく違う複数のものに見えてきて「ハッとする」パターンがある。たとえば「二要因理論」。アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した職務満足および職務不満足を引き起こす要因についての話なのだが、この論理展開がわりと面白い。その中身はまた来週。乞うご期待。

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