初めは強制的でもいいので、リーダーシップ体験をするべき

――しかし、成果より和が重要だと思っている人にリーダーシップを発揮しても、反発されるだけのような気がします。その場合はどうすればいいのでしょうか。

 成果と和、どちらが大事かという話です。和が大事だと思っている人ばかりの組織では、みんなで仲良く過ごせるとは思いますが、赤字になるし、債務超過になるかもしれないし、会社がつぶれるかもしれません。そんな会社で働きたいと皆が思うでしょうか。

 ギスギスしているかもしれません。コンフリクトは多いかもしれません。仕事もすごく辛いかもしれません。けれども、世界中の人が欲しがるような商品を作って、どんどん利益が上がっており、社会をよりよくしていく会社で働きたいのなら、成果を重んじる人が率いる会社の方がはるかに魅力的でしょう。

――ややこしいのは、みんなで仲良くなって、みんなで協力すれば成果が出ると信じている人たちです。その人たちは、和を乱すリーダーにはついていかないですよね。

 おそらく、そういう人は本人にリーダーシップ体験がないと思います。また、強いリーダーシップのもとで働いた体験もないのでしょう。何かの機会に、「たいへんだった、喧嘩ごしの議論もあった、脱落者もでた。けれども最終的に大きな成果がでて達成感を得られた、社会への価値も提供できた」、小さなことでも構わないので、そんな経験を実際にするのがベストです。近くで見るだけでもいいでしょう。すると、和を犠牲にしても成果を追求すべきという、トレードオフを迫られる機会が、現実には多々あるのだということが、感覚的にわかると思います。

――では、みんながリーダーの経験を積むような組織や社会になれば、ネガティブなイメージは変わるとおっしゃるのですね。

 そうですね。私はなかば強制的でもいいと思っています。アメリカでは、大学入試や奨学金を得るためのエッセイや面接でリーダーシップ体験について聞かれるので、高校生はリーダーシップを発揮しなければならないと考えています。最初はそれでいいと思います。体験すれば「なるほどリーダーシップを発揮すれば、これだけ自分の思いが実現できて、成果も出せて、みんなにも感謝されて、世の中を変えられる」と理解できるので、もう一度別のところでもやろうと考えるように変わっていきます。日本の大学も、受験性にリーダーシップ体験を聞くことから始めてもいいのではないでしょうか。受験生が、受験のためにリーダーシップを発揮してみるということでも、まったく問題はないと思います。