リーダーは成果を出す人で、和を尊ぶ人ではない

――リーダーシップが、世間で言われているイメージとは違うものに聞こえます。

 カリスマ的な首相が突然現れて、何かひとつ手を打ったら社会が一瞬にして変わるのをリーダーシップと考えるのは大きな間違いです。そうではなく、日常的に自分の目の前にある問題を解決するのがリーダーシップなのです。たとえば、喫茶店にいるときに隣に座っている人が困っていたとします。その人が声を上げられない状況だった場合、店員さんを呼んであげるのがリーダーシップです。客である自分にはそういう役割は課せられていないけれど、問題が目の前にあって自分がそれを解決できるのであれば、命令や報酬がなくても手を挙げるのが、成果に向けて先頭に立つということです。

 すべての人がそういう形で自律的に動いていかないと、大きな問題は変えられません。また、みんながリーダーシップを発揮すれば、低い社会コストで様々な問題を解決できるようになります。最近は電車内でのトラブルが多くなっています。問題を制度的に解決しようとすると、1両に1人鉄道警察官を乗せたり、駅員を増やしたりしなければなりません。そのための費用は、最終的には税金や運賃にはね返ってきます。

 しかし、周りの乗客の誰かが困っている人を助ければ、コストを掛けて人手を増やさなくても解決できます。リーダーシップは経済的価値も大きいのです。ということは、企業にリーダーシップを発揮できる人が多ければ多いほど、その企業は多くの富を生み出せることになります。リーダーシップのある人を雇う、社員にリーダーシップをつけさせるのは、企業経営にとってメリットのあることなのです。

――ところが、日本では強いリーダーシップを発揮する人が「独裁者」などとネガティブに捉えられています。なぜ日本ではリーダーのイメージが悪いのでしょうか。

 身近にそういう人がいると「独裁者」「ワンマン」「でしゃばり」「おせっかい」という悪いイメージが出てきます。でもその反面、日本人はリーダー好きでもあります。テレビや本は、リーダーを題材にしたものばかりです。織田信長や坂本龍馬が注目され、スティーブ・ジョブズの伝記は飛ぶように売れました。日本には、リーダーに対するネガティブな感情と、大好きだという感情が混在しているようです。

 なぜそのようなことが起こるのでしょうか。ジョブズ氏が好例ですが、自分に直接関係のない遠くにいるリーダーに関しては、良いことしか見えないからです。ジョブズ氏の身近で一緒に働いた人が、本当に彼のことを好きだったかは微妙なところです。何日も徹夜して作ったものをあっさり否定される厳しさに耐えられず、辞めた人も存在するのではないでしょうか。その人から見れば彼も「ワンマン」な「独裁者」に見えた可能性は十分にあります。

 そもそも、リーダーは成果を出す人であって、和を尊ぶ人ではありません。部下を良い気持ちにさせるのが役割ではないのです。成果にこだわり、コンフリクトを恐れず、多少和が乱れても成果を上げるためには仕方がない場合もあると考える人、というのがリーダーの定義です。そういう人が自分の近くにいると必ずしも嬉しくない。でも遠くにいるなら、出した成果だけしか見えないので褒めたくなる。この構造をわかっていれば、リーダーシップすべてをネガティブに見ることはなくなるでしょう。成果を出すためには、犠牲にしなければならないこともあると理解できれば、多少の独裁的な振る舞いも仕方がないと思えるはずなのです。