さる五月九日、ハーバード・ビジネススクールのイジドー・ストラウス(タイタニック号で遭難死したアメリカの実業家)記念講座名誉教授、アルフレッド・デュポン・チャンドラー氏が永眠されました。享年八八歳。
チャンドラーは一九一八年、デラウェア州ガイエンコートに生まれ、四〇年にハーバード大学を卒業し、兵役後、再びハーバード大学に戻り、歴史学の博士号を取得し、以来、産業史の研究にいそしむようになります。彼が人間の営為の記録である歴史に関心を抱いたのは、七歳の時に父から与えられたElementary History of the United State(初めて読むアメリカの歴史)を読んでからだといわれています。
なお、彼のミドル・ネーム「デュポン」は、デュポン一族の一員であったわけではなく、彼の曾祖母はデュポン家に育てられたことに由来します。また彼の祖父、ヘンリー・バーナム・プアーは、投資情報会社スタンダード・アンド・プアーズのルーツの一つ、プアーズ・パブリッシングの創業者であり(四一年にスタンダード・スタティックスと合併)、そこが発行する『アメリカン・レイルウェー・ジャーナル』誌の編集者でした。
チャンドラーは三八歳(五六年)の時、最初の著作として、この偉大なる祖父の評伝Henry Varnum Poorを書き下ろします。プアーは、統計分析によって企業業績を予測したアメリカで最初のビジネス・ジャーナリストといわれており、チャンドラーは祖父の足跡をたどるなかで、その手法をみずからの研究活動に応用していきます。
こうして六二年に発表した『経営戦略と組織』(実業之日本社。その後絶版となり、二〇〇四年、ダイヤモンド社より新訳を施した復刻版『組織は戦略に従う』が出ています)は、事業部制の成り立ちとその意義について、デュポン、ゼネラルモーターズ、スタンダード石油(現エクソンモービル)、シアーズ・ローバック四社の事例を用いて詳細に検討しました。
彼の名を一躍有名にしたのは、七七年に上梓された『経営者の時代』(東洋経済新報社)でしょう。これはピューリッツアー賞に輝きました。原書のタイトルはThe Visible Hand(見える手)。言うまでもなく、アダム・スミスの「市場の見えざる手」を意識したもので、チャンドラーいわく「経済活動や資源配分は『経営者(資本家)の見える手』によるものである」。
そしてもう一冊。九〇年に刊行された『スケール・アンド・スコープ』は「規模の経済」と「範囲の経済」の両概念によって国際化戦略について研究しました。
また一人、二〇世紀における「経営学の巨人」が他界してしまいました。ご冥福をお祈りします。