DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
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  2006年12月8日掲載 前の掲載> BOOKS in REVIEW一覧
制度と経済の発展プロセス
評者: 岡崎哲二 東京大学大学院 経済学研究科 教授
今回紹介の書籍
比較制度分析に向けて
青木昌彦=著 (NTT出版)
西欧世界の勃興
ダグラス C.ノース、リチャード P.トマス=著 (ミネルヴァ書房)
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
マックス・ウェーバー=著 (岩波書店)
欧米諸国の繁栄とプロテスタントの特質
 二一世紀を迎えた現在、西ヨーロッパおよび北アメリカの諸国は、世界の諸地域のなかで経済的な豊かさの最先端に位置している。歴史的に見ても、これら諸国は近代的な経済発展を初めて軌道に乗せた地域に一致する。なぜ、これらの地域で歴史上いち早く持続的な経済発展が始まったのだろうか。世界人口の大きな部分が依然として経済的停滞と貧困に苦しんでいる今日、右の古典的な問いは現実的意味を失っていない。
 この問いを早い時期に明示的なかたちで提起したのはマックス・ウェーバーである。ウェーバーは、その論文を集めた『宗教社会学論集』(『宗教社会学論選』大塚久雄・生松敬三訳、みすず書房、一九七二年)の序言のなかで、「どのような諸事情の連鎖が存在したために、他ならぬ西洋という地盤において、またそこにおいてのみ、普遍的な意義と妥当性をもつような発展傾向をとる(中略)文化的諸現象が姿を現すことになったのか」という問題を設定した。
 ヨーロッパで生じた「文化的諸現象」として科学、和声音楽、ドーム建築などの例が挙げられているが、ウェーバーが最も強い関心を向けたのは「資本主義」であり、「序言」に続く長い論文のなかで、ヨーロッパにおける資本主義の発展の基礎を、宗教社会学の観点から追究した。その論文の邦訳が、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』である。
 本書の冒頭で、ウェーバーは次のように論じている。彼は、ヨーロッパの職業統計に基づいて、近代的企業の所有者・経営者・上級熟練労働者等に占めるプロテスタントの比率が高く、またプロテスタント人口に占めるこれら職業の人々の比率も、総人口に占めるこれら職業従事者の比率よりも相対的に高いことに着目する。
 この観察から、さらに以下三点を考察した。

 (1)歴史的にプロテスタントは比較的富裕であり、そのことが彼らの競争上の地位を有利にした。
 (2)宗教的少数派であったプロテスタントは、政治的な地位から閉め出された結果、経済活動に努力を集中した。
 (3)プロテスタントの内面に経済的合理主義的な特質がある、という代替的な仮説を立てられる。
 そのうえで、ウェーバーはいくつかのデータと推論に基づいて前二者を棄却し、第三の仮説を深く追究した。
 第三の仮説の具体的な内容は比較的よく知られている。カルヴァン派プロテスタンティズムの予定説の教義が、救済の確信を得るために、世俗的な職業労働に禁欲的に従事するという生活態度を信徒たちにもたらしたというものである。
 客観的な観察から代替的な仮説を設け、それらを検証していく本書の議論の進め方は、今日でも十分に学ぶに値するものといえる。
 さらに特筆すべきことは、本書が大規模な比較宗教社会学研究の一部を構成しているという事実である。『宗教社会学論集』のなかでウェーバーは、プロテスタンティズムと並んで、儒教、道教、ヒンドゥー教、仏教、古代ユダヤ教の経済倫理を探究している。豊かな構想力、その構想に沿って膨大な研究を重ねた探究心には強い感銘を受ける。『宗教社会学論集』およびその一部である本書は、文字どおり社会科学の古典といえよう。
表紙
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
マックス・ウェーバー=著
岩波書店
1989年発行
定価 840円 (税込)
持続的な経済発展を始動させた効率的な経済組織の形成
 ウェーバーの『宗教社会学論集』は一九二一〜二二年に刊行されたが、それから約五〇年後、その「序言」のなかで提起された問題を、二人の経済史研究者が再び正面から取り上げた。すなわち、ダグラス・ノースとリチャード・トーマスは、その著書『西欧世界の勃興』のなかで、西ヨーロッパが過去数世紀の間に達成した経済的豊かさに関して新しい説明を提示した。
 同書のなかでノースとトーマスは、それまで経済史・経済学研究者が西ヨーロッパの経済発展の原因として挙げてきた、「さまざまな要因(技術革新、規模の経済性、教育、資本蓄積など)は成長の原因ではない。それらは成長そのものである」と主張した。技術革新、規模の経済性、人的・物的資本の蓄積が経済成長をもたらすとしても、なぜ近代の西欧という特定の時代、特定の地域でこれらの現象が活発に生じたのかがさらに説明されなければならないという批判である。
 そのうえでノースとトーマスは、近代西ヨーロッパの経済発展の本質的な原因は、その「効率的な経済組織」にあるとする新しい仮説を提起した。「効率的な経済組織」は、取引コスト(transaction cost)を削減して個人的な便益を社会的な便益に近づける諸制度から成るとされている。取引コストには、財の交換の機会に関する「調査費用」、交換の条件に関する「交渉費用」、契約を実施するための「実施費用」が含まれる。
 この取引コストの定義は、ロナルド・コース(注1)に始まり、オリバー・ウィリアムソン(注2)等によって発展させられた取引コスト経済学(Transaction Cost Economics)に従っている。取引コスト経済学は、これらの費用を明示的に取り扱うことによって、現実に存在するさまざまな取引様式を経済学的に分析する可能性を開いた。
 ノースとトーマスは、取引コスト経済学を経済史研究に応用することを通じて、「効率的な経済組織」の形成が、利己心に基づく経済行動が社会的に望ましい結果をもたらすようなシステム、言い換えればアダム・スミスが『国富論』のなかで描いた経済システムを実現させ、持続的な経済発展を始動させたという新しい見方を提起したのである。
「効率的な経済組織」を構成する制度として、具体的には国家による所有権の保護が重視されている。国家による所有権の保護は、契約の執行を外部から強制することを通じて、契約にまつわる取引コストを低下させる。そしてそのことによって、人々が市場取引に参加するインセンティブを高め、市場経済の拡大をもたらしたという見方である。
 さらに、産業革命についても、それは「近代経済成長の源なのではなく、新しい技術を開発し、それを生産過程に応用することに対する私的収益率の上昇の結果」として生じたとする見方が提起された。こうしたノースとトーマスの研究は、経済史における制度研究の新しい出発点を与えた。
外生的要因の追求は「制度」を限定する
 ウェーバーと、ノース=トーマスの仮説はどのような関係にあるのだろうか。ウェーバーの研究は、スミス以降の経済学が想定する、合理的な「経済人」の形成過程において、宗教が果たした役割を追究したものと見ることができる。
 一方、ノース=トーマスが強調したのは、「合理性を仮定した場合、所有権を保護する制度なしには、人々は経済活動のインセンティブを持たない」という点であった。すなわち、ノース=トーマスは、持続的な経済発展の基本的条件を明らかにし、一方、ウェーバーは、彼らの議論のさらにその前提が形成されるプロセスに光を当てたといえる。
 興味深いことに、ウェーバーと、ノース=トーマスの書物の間には、問題設定以外にも重要な共通点がある。ある時代、ある地域における経済の発展と停滞を分ける原因を、経済以外の領域にある要因、ないし経済にとって外生的な要因に求めたことである。ウェーバーはそれを人々が信仰する宗教の経済倫理に求め、一方、ノースとトーマスは国家による所有権保護の程度にあると考えた。
 両書の著者、特にノース=トーマスが意識していたように、外生的要因を探究することは、説明が同義反復に陥ることを避けるための一つの有効な方法である。しかし、他方でそのことは、ノース=トーマスの書物およびその後の研究に、重要な限界を与えることになった。
 ノースは、制度の経済史の方法について論じた『制度・制度変化・経済成果』(竹内公視訳、晃洋書房、一九九四年)のなかで、制度を「社会におけるゲームのルール」、あるいは、「人々によって考案された制約であり、人々の相互作用をかたちづくる」ものと規定している。
 しかし、「人々によって考案された制約が、なぜ人々の相互作用をかたちづくるのか」、言い換えれば、「人々はなぜその“制約”を遵守するのか」について分析する方法をノースは示していない。その結果、事実上、「制約」は外部から執行(enforce)されるという想定が置かれ、歴史研究の具体的な対象は国家による所有権保護に限定されることになった。
均衡としての制度と共有予想の変化
 ノースの方法が持つ右のような問題点を解決したのが青木昌彦、アブナー・グライフ等が開拓しつつある、「比較制度分析・歴史制度分析」と呼ばれる新しい研究アプローチである。
 比較制度分析の考え方は、青木昌彦が著した『比較制度分析に向けて』にまとめられている。同書のなかで青木は、制度を「ゲームがいかにプレイされるかに関して集団的に共有された予想(shared belief)の自己維持的なシステム」と定義している。
 この概念は、「ゲームの均衡として制度を定義する」という青木自身やグライフの制度概念(注3)をさらに発展させる試みと見ることができる。
 ゲームの均衡(ナッシュ均衡)とは、任意のプレーヤーにとって、自分の戦略が、他のすべてのプレーヤーの戦略に対する最適反応になっている状態を意味する。この状態で、あるプレーヤーが自分の戦略を変更しても、そのプレーヤーの利得は減少するか、あるいはたかだか現状維持にとどまる。そのため、ナッシュ均衡においては、各プレーヤーは自分の戦略を変更するインセンティブを持たず、その意味でナッシュ均衡は「自己拘束的」である。
 社会を構成するすべてのプレーヤーが特定の行動様式を取る状態がナッシュ均衡になっている時、その行動様式を制度と見るのが、「均衡としての制度」という考え方である。その場合、制度を構成する行動様式は国家等による外部からの強制なしに各プレーヤーのインセンティブに基づいて実現する。このようにして制度が内生的に説明されることになる。
 ところで、多くの場合、ゲームには複数の均衡があり、そのなかから一つの均衡が選ばれる際に、プレーヤーたちの予想が大きな役割を果たす。本書のなかで提起された新しい制度概念は、このこと、およびプレーヤーたちの予想が、一方では逆に、均衡として実現した状態に関する彼らの認識から影響を受ける、ということに着目したものである。
 技術革新、戦争などの外部的なショック、ゲームの結果自体の累積などの内部的な条件変化は、ゲームの帰結として実現する利得を変化させる。その利得がプレーヤーたちの満足レベルに達しない場合、多数のプレーヤーによって新しい戦略の可能性が模索されるようになり、その結果、プレーヤーたちの「共有された予想」が変化するというのが、本書が提示した制度変化の基本的なメカニズムである。
 このような新しい制度概念は、安定性と同時に変化の可能性を内包している。またその結果、この制度概念によって、さまざまな自生的な制度の存在だけでなく、その変化も内生的に説明する可能性が開かれた。
 本書で示された制度分析の新しい枠組みの有効性を示す研究としては、『金融ビッグバンの政治経済学』(戸矢哲朗著、東洋経済新報社、二〇〇二年)を挙げることができる。同書のなかで戸矢氏は、先述した分析の枠組みを明示的に、九〇年代における日本の金融をめぐる政治経済的プロセスに応用している。
 すなわち、「護送船団方式」と「仕切られた多元主義」を戦後日本の金融行政を構成してきた二つの基本的な制度と見て、これらがどのようにして、なぜこの時期に変化したのかを、「共有された予想」に焦点を当てて分析しているのである。
 その際、重視されるのは、九三年以降、政権交代の可能性が現実のものとなったために、政策決定における「公衆」の役割が高まったことである。その結果、「協調と安定」の重視および「継続」という、従来の制度を支えていた「共有された予想」が変わり、制度変化が生じたと結論する。
 日本を含めて経済発展を達成してきた諸国は、国家による所有権の保護以外にも、市場経済を支える多様な制度を有している。これらの制度は、どのように生成、存続、変化してきたのだろうか。
『比較制度分析に向けて』が提起した新しい制度概念は、このような問題を経済学的に分析することを可能にし、制度の経済史のスコープを大幅に拡張した。

【注】
 1)
 ロナルド・コースの著書には『企業・市場・法』(宮沢賢一・後藤晃・藤垣芳文訳、有斐閣、1992年)がある。
 2)
 オリバー・ウィリアムソンの著書には『市場と企業組織』(浅沼萬里・岩崎晃訳、日本評論社、1980年)がある。
 3)
 Avner Greif,“Microtheory and Recent Developments in the Study of Economic Institutions through Eco-nomic History,”in David M. Kreps and Kenneth F.Wallis eds.,Advances in Economics and Econo-metrics:Theory and Applications, vol.2, Cambridge University Press,1997, pp.79-113;青木昌彦・奥野正寛編著『経済システムの比較制度分析』東京大学出版会、1996年。
表紙
西欧世界の勃興
ダグラス C.ノース、リチャード P.トマス=著
ミネルヴァ書房
1994年発行
定価 2,100円 (税込)
表紙
比較制度分析に向けて
青木昌彦=著
NTT出版
2001年発行
定価 6,090円 (税込)
評者プロフィール
評者: 岡崎哲二  東京大学大学院 経済学研究科 教授
1986年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。東京大学社会科学研究所助手、同経済学部助教授、スタンフォード大学客員研究員を経て、99年より現職。スタンフォード大学客員教授、独立行政法人経済産業研究所ファカルティーフェローを兼任。専攻は経済史。著書に『日本の工業化と鉄鋼産業』(東京大学出版会)、『取引制度の経済史』(東京大学出版会、編著)、『江戸の市場経済』(講談社)、『持株会社の歴史』(筑摩書房)、『経済史の教訓』(ダイヤモンド社)などがある。
この書評は下記の号に掲載されたものです。
表紙
2003年6月号 定価 2,000円(税込)
特集:マーケティング戦略の再発見
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  2006年12月1日掲載 前の掲載> BOOKS in REVIEW一覧
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