DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
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BOOKS in REVIEW
  2006年11月1日掲載 前の掲載> BOOKS in REVIEW一覧
子どもの行動は大人社会を反映している
評者: 西村和雄 京都大学 経済研究所 教授
今回紹介の書籍
子どもを生かす子育て法
正司昌子=著 (三一書房)
アドラー心理学入門
岸見一郎=著 (KKベストセラーズ)
むかし〈都立高校〉があった
奥 武則=著 (平凡社)
取り戻したい子育ての知恵
 前総理が、「体徳知」にすべきだと言ったことが報道され、「知徳体」という言葉がクローズアップされたことがある。知徳体の順であるのは、知が徳や体より重要であるからではない。「知」「徳」「体」のどれもが重要で、三つが伴っていることが望ましいという意味であろう。
 一般的に、親が子どもに望むのが、身体は健康に(体)、人に迷惑をかけず(徳)、学業で精進する(知)ことであることを考えれば、学校教育に限らず、子どもに身につけてほしい三つの要素ということになろう。
 最近、中学生や小学生による犯罪がニュースになる。また、親による幼児虐待も、毎日のようにニュースとなる。この二年間、学力問題が話題となり、「知」の教育が見直されつつあることもあり、ここでは「知徳体」の「徳」について、何が子どもの心を蝕んでいたのかを考えてみたい。
 社会で子どもと老人がどのように位置づけられているかは、社会の将来の姿を映している。子どもは、次の世代の中核となり、現在、中心である世代が、次の世代の老人層となるからである。昔の子どもは、両親に加えてお祖父さんとお祖母さん、おじさん、おばさん、数人の、そしてなかには年の離れた兄弟・姉妹と一緒にあるいは近くに暮らしていた。家での生活が、小さな集団生活であったといえる。
 それに比べて、いまの子どもは、たかだか、両親と年の近い兄弟一人、もし親が働いていたら、母親一人あるいは年の近い兄弟のみとの生活時間が長い。年の異なる集団のなかでの秩序を学ぶことはない。
 大半の時間は、母親との一対一の関係である。そのような子どもに対して、親という権力で抑えつける子育てをすると、子どもは最終的には、その権力に対抗する行動を取るようになる。嘘をつく、暴れる、そのかたちは違っていても、親の子育てに対する反応としての行動には変わりがない。
 この点で、『子どもを生かす子育て法』(正司昌子、三一書房)は、示唆に富んでいる。著者の正司氏は、「子どもの問題行動は、知らず知らずに親がつくっている」(第一章)と言う。「問題児をつくってしまいやすい子育てとは?」(第二章)の、「子どもは純真と信じすぎてはいませんか?」の項では、読んでいて最近の事件を思い出してしまう。
 正司氏は、二〇年近く幼児教育に携わっているなかで、就学前の子どもが、最近、変化しつつあることに気付き、家庭で子育ての知恵が失われていることに警鐘を鳴らしている。
 本書には、「しつけは三つにしておきましょう」「子どもに約束を守らせたかったら約束を守りましょう」「子どもは大人を試すことがあります」など具体的な子育ての指針が多く示されている。ちなみに著者の正司氏は、最近では、月や星を見たことがない子ども、四角形の川の絵を描く子どもが増加している現状に対し、子どもに語りかけ、子どもの話を聞くことを基礎に、日常生活のなかで子どもの才能を伸ばす方法を提唱している。
表紙
子どもを生かす子育て法
正司昌子=著
三一書房
1998年発行
定価 1,470円 (税込)
アドラー心理学に学ぶ子育て
 カリフォルニアの大学で経済学を教えていた頃、私は、一方で、アルフレッド・アドラーの流れを組むいくつかのグループで、家庭療法の勉強をしたことがある。アドラーはウイーンに生まれ、後に、アメリカへ渡った精神科医である。アドラーはユングと同時期にウイーンで、フロイトによる精神分析の研究グループに属していた。その後、フロイトとは袂を分かち「個人心理学」の学派を立ち上げた。
 現在アメリカでは、アドラーの弟子でシカゴの研究所の所長を務めたルドルフ・ドライカースから教えを受けた心理学者などを中心に、アドラー心理学を教育や子育て(ペアレンティング)に適用する仕事が盛んである。
 アドラーは、人間の持つ自由と尊厳を重視する。親子の間でも同様である。子どもの自主性を尊重して、コントロールすることを避ける。子どもを信頼し、自分で選択する機会を与える。ほうびや、おだてることで、子どもを操るのではなく、エンカレッジする、すなわち「励まし」によって、積極性を導き出す。子どもが、好ましくない行為を犯した時、罰を科すのではなく、それによってもたらされることの「自然な結果」、あるいは「論理的な結果」を認識させる。そして、論理的な結果をもたらした行動に代わる方法、すなわち「代替的な方法」を考えさせるのである。
 一般に、「ほうび」とは、小遣いをもらったり友だちと遊べたりすることなどを指し、罰とは、小遣いを減らされたり、友だちと遊ぶことを禁止されたりすることなどである。アメリカの家庭の伝統的なしつけの一つは、子どもが約束した仕事をすると、ほうびがもらえ、さぼると罰が与えられることであった。
 アドラーやその影響を受けたペアレンティングは、罰とほうびによるしつけを否定している。罰とほうびを用いれば、短期的には、子どもを従わせることができるが、長期的には、好ましくない副作用が出てくる。すなわち、主体性のない子ども、反抗的な子ども、嘘つきの子どもを生みかねないというのである。
 アドラーとその心理学については、『アドラー心理学入門』(岸見一郎、KKベストセラーズ)によって知ることができる。
「アドラーはどんな人だったか」(第一章)で心理学者アドラーについて、「アドラー心理学の育児と教育」(第二章)で、ペアレンティング教育の方法論を学ぶことができる。もちろん、ペアレンティングは、成人にも通ずる理論である。第三章から第五章には、大人の人間関係や、人生への意味が書かれている。
「一貫性」の持つ役割
「自分が変われば、周りも変わる」という言葉は深い意味を持つ。
 しかし現実に、我々が、自分を変えた時、即座に反応してくるのは、会社の同僚や上司よりも、むしろ自分の子どもであり、配偶者、すなわち家族である。その経験を繰り返しているうちに、コミュニケーションの意味がわかってくる。
 子育てとは、人間が社会に生かされた存在であることを気づかせる、親育てにほかならない。
 人間が社会に生かされている存在である以上、子どもの非行には、もちろん家庭のみではなく、友人や学校、大人社会のあり方も原因となりうる。そこで、子育てのなかでも、特に「一貫性」というものを考えてみたい。
 我々は、学校の先生、近所のおじさん、祖父母など、過去に出会った人のなかに、なぜか、懐かしく思い出される人たちを持っている。また、マスコミや物語を通じて知る、名選手を生んだコーチや監督、成功者を育てた親や先生について、漠然とした憧れを持っている。それぞれが異なる個性を持っている。頑固といえる人も多い。
 そのような名コーチ、先生、優れた親に共通するものは何であろうか。それは「一貫性」である。その行動と言葉に一貫性のあること、これが、名伯楽、よい親に共通したものである。
 一貫性を柱として、新しい子育て法で肉づけするなら、より実践的となる。約束をしたり、家庭内のルールをつくったりする際は、子どもの主体性を生かす。子どもに罪悪感ではなく、誇りを持たせる。このような配慮がなされるなら、罰とほうびの副作用を取り除くことができる。
 就学した子どもを取り巻く環境のなかで、最も大きなウエイトを占めるのは、学校である。同級生、学校の先生のあり方は千差万別である。むしろ、システムとしての学校のあり方に注目すべきであろう。
 学校教育にも、子育てと共通の要素が多い。「声をかける」「ほめる」「しつける」などの言葉は家庭でも、学校でも等しく使われる。学校においては、子どもに対する「評価」ということになる。「評価」に客観性がなければ、何を評価されているのかがわからないという「怒り」を子どもの心に生む。「評価」に一貫性がなければ、子どもはそれに「不正」や「不公平」を感じるであろう。
観点別評価の危険性
 以上の観点から、公立中学校の内申書を考えてみよう。次の言葉は、一九九八年一月二八日に栃木県黒磯北中学校で起きた、中学生による女性教師刺殺事件の後、中学三年生から寄せられた投書のなかにある。読んでいて胸が痛む。
「一番の問題点は推薦入試制度と内申書にあると思います。中学生は学校生活で何か疑問があっても、それを自分の心に閉じこめ、日々、先生の気に入られるように努力しています。内申書のためだったら嫌だと思っても委員会、部活、掃除、給食当番など完璧にこなします。友達にだって本音を言ったらいじめられるから、人づきあいの良い子を演じ、先生に対しても友達関係は問題ないとアピールします。(中略)私たちの見えない悲鳴に気づいて下さい。私たちはキレる寸前です。一日も早く無意味な推薦制度と内申書の悪用をやめて下さい」(『朝日新聞』群馬版、九八年三月一七日付)
 これまでの教育改革の流れは、「人を評価してはいけない」という理由で、「評価を不透明にする」という方向であった。むしろ、「人を評価するのではなく、個々の教科の到達度のみを評価している」という当たり前のことを受け入れ、ルールをはっきりさせるほうが、やる気と明るさが戻るであろう。不透明な評価は、評価される側から見れば、一貫性に欠ける評価である。
 いったん、公立中学に進学してしまうと、高校から入学できる私立の定員は限られ、内申書の評価から逃れることはできない。内申書という無言の圧力で、管理され続けるなら、子どもたちは、無気力になるか爆発することになる。
 もちろん、一人の個人を取れば、ストレスに耐えることが普通である。しかし全体では、無気力になったり、暴力的になったりする子どもが一定の割合で出てくる。教育も、子育ても、動物のしつけも同じである。
 六七年に、東京都で学校群制度が導入され、公立高校での内申書重視が始まっている。
 なぜ、内申書重視の進学制度が始まったかは、『むかし〈都立高校〉があった』(奥武則、平凡社)に詳しい。六六年当時の東京都の教育長は、小尾乕雄氏である。
 六五年の秋に、二人の新聞記者が小尾氏に会い、「任期も長くないから、最後に何かやったら」というハッパをかけたところ、「やるかっ」とその気になったのが始まりだった。翌年の四月にスタートした審議会には、大河内一男東大学長、文部大臣も経験した森戸辰男日本育英会会長と『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』の各新聞記者の論説委員も入っていた。そして、当時の小尾乕雄教育長と三紙の協同により、東京の学校群制度が、あれよあれよという間に決められていったというのである。
 それから一〇年経って、七七年に、当時、留学していたアメリカから帰国した私は、校内暴力と家庭内暴力が、日本で社会問題となっていることにショックを受けた。
 同年一〇月、都内有名進学高校の生徒の父親が、家庭内暴力の激しい息子を殺害し、数日後に母親は自殺している。八○年には、川崎で、予備校生が両親を殺害する金属バット事件が起こっている。そして、八〇年代からは、家庭の暴力、校内暴力、いじめなど、それも、それまでに存在しなかった事件が、他の先進国には見られないほどに頻発し始めた。
 暴力が最初は外に、そして、家族、同級生へと向けられるようになってきたのである。
 さらに、九四年に文部省は、高校入試において、日常の行動、生徒会活動、クラブ活動などの観点別評価を点数化して、内申書に入れることを全国に拡大している。九六年には、九三年と比べて、中学校の暴力事件が三年間で約二倍に、そして器物損壊が約三倍に増えた。
 それにもかかわらず、二〇〇二年度から小中学校で、二〇〇三年度から高等学校で、期末の評価を、観点別評価、すなわちテストで測れる到達度(「知識・理論」)を二五%、生徒の「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」を七五%分の成績とし、その合計を各教科の点とする方式が採用された。これが、現在、教育学者やマスコミが絶対評価と呼んでいる評価の実態なのである。
「関心・意欲・態度」などの測定不可能なものに、教師が主観で点数をつけるというやり方では、評価の「一貫性」は保てない。このことの危険性についてはマスコミもあまり報道しない。主観的評価と内申書のあり方が、日本の子どもを縛り続けていることに対し、もっと厳しい眼を向けていくことが必要であろう。
 これまでの日本的システムは、客観的な評価を避けることで成り立っていた。経済政策を誤って、不況をもたらした大臣が、何年か経って、「経済に強い……」という触れ込みで復活することもあった。「薬害エイズ」、「ゆとり教育」など、官僚が重大な失敗を犯したとして、その責任が問われることがなかった。
「評価」で重要なのは、「評価のルール」や「評価する側」に対しても、評価することである。それがなければ、「評価」は、その場限りで、一貫性もない不透明なものになる。
 子どもは親を鏡として育ってゆく。会社の社員と管理職についても同じことがいえるのだろう。度重なる大企業の不祥事も、そんなところに根があるのではないだろうか。
表紙
アドラー心理学入門
岸見一郎=著
KKベストセラーズ
1999年発行
定価 680円 (税込)
表紙
むかし〈都立高校〉があった
奥 武則=著
平凡社
2004年発行
定価 1,890円 (税込)
評者プロフィール
評者: 西村和雄  京都大学 経済研究所 教授
1970年東京大学卒業、77年ロチェスター大学博士課程修了(経済学博士)。東京都立大学、ニューヨーク州立大学、南カリフォルニア大学を経て、87年より現職。2000年度には、日本経済学会会長を務める。専攻は経済理論、複雑系経済学の第一人者としても活躍。教育問題にも広く関心を持つ。著書に『どうする「理数力」崩壊』(PHP研究所、2004年)、『マンガDE入門経済数学』(日本評論社、2003年)、『経済学思考が身につく100の法則』(ダイヤモンド社、2003年)、『ミクロ経済学入門』(岩波書店、1995年)など多数。
この書評は下記の号に掲載されたものです。
表紙
2004年10月号 定価 2,000円(税込)
特集:提案力のプロフェッショナル
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