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投資家の経済学 |
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評者: 小幡 績 慶應義塾大学 ビジネススクール 助教授 |
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今回紹介の書籍 |
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ソロスの錬金術 |
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ジョージ・ソロス=著 (総合法令) |
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金融バブルの経済学 |
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アンドレイ・シュレイファー=著 (東洋経済新報社) |
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バブルの歴史 |
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エドワード・チャンセラー=著 (日経BP社) |
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| 効率的市場仮説によるファイナンス理論の発展 |
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「投資に役立つ経済学は?」という問いに対しては、ファイナンス理論が最有力候補となるだろう。そのファイナンス理論のすべての基礎になっているのが「効率的市場仮説」である。
この仮説は、「すべての利用可能な情報が証券価格に反映されている市場を効率的市場と呼ぶ」という定義にすぎなかったものが、「現実にこの効率的市場が成立している」という主張に変化したものである。この「仮説」を一見支持する研究が一九七〇年代に相次いだことから、この仮説は金字塔となり、ファイナンス理論の発展の基礎となった。この仮説に基づき、証券の価格はリスクとリターンによって決まるという「定理」がつくられ、またオプションにおける理論価格も、この応用として導出された。
我々にとって身近な株式市場に対する正統的ファイナンス理論の帰結は、「将来の株価を予測することはできない」「将来の株価はランダムに動くという予測が最適な予測である」という「ランダムウォーク仮説」である。株価は現在の利用可能な情報をすべて反映しているから、将来の株価は、現在我々が予測できない将来の出来事によってのみ影響を受ける。その株価への影響は、ランダムに分布していると考えるしかない、という議論である。
したがって、株式投資をする際には、銘柄選択や売買のタイミングに悩む必要はない、ということになる。このようなアドバイスには納得できず、やはり経済理論は現実離れしている、と感じる人が多いはずだ。この経済学の無能さはどこからくるのだろうか。
現実の個人投資家は、銘柄の選定と売買のタイミングに、莫大なエネルギーと時間をつぎ込む。現在の株価が利用可能な全情報を反映していて、将来の株価がランダムならば、これは無駄な努力となる。彼らが努力するのは、市場にはさまざまなブレがあり(ノイズ)、株価は先の理論値から乖離することがあるからである。
しかし、その乖離は合理的ではなく、不合理な部分には儲けるチャンスがある。ノイズにより割安になっている銘柄を買い、割高になっている銘柄を売って、利ざやを稼ぐことができるからだ。これが「裁定取引」であり、「同じリスク・リターンの特性を持った証券価格が同一でない場合、その差を利用してリスクなしで利益を上げる取引」と定義される。
一見、同じリスク・リターンに見えなくても、さまざまな証券を組み合わせることで同じ構造を持つ「合成証券」を所有すれば、そこに裁定取引のチャンスが生まれる。金融工学を用いた投資のエッセンスはここにあり、ヘッジファンドなどは、実際に莫大な利益を上げている。ストラクチャード・ファイナンスも原理は同じで、より適切なリスク・リターン構造の証券を既存の証券などからつくり上げ、ある種の裁定取引を行っている。
効率的市場仮説によれば、このような裁定取引者により、証券価格はある種のノイズが生じても一瞬で駆逐され合理的な水準に戻り、市場は効率的に保たれる。個人投資家は、結果的に裁定取引など気にせず、常に合理的な価格が示されている証券を買えばよいことになる。
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| 「誤った投資家」が生み出すノイズ |
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これら伝統的なファイナンス理論に異を唱えているのが、行動ファイナンス研究である。二〇〇二年、心理学の要素を盛り込んだ経済理論モデルを提唱したダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞した理由には、行動ファイナンス研究の発展が挙げられている。
たとえば、投資家は、値下がり株を塩漬けにして、値上がり株だけを売却する癖を持つ。しかし、実証研究によれば、益出しした銘柄は平均的にその後さらに上昇を続け、塩漬け銘柄はさらに値下がりする。このような投資家の不合理な行動は、自分の予測が誤った事実を認めたくないという心理的バイアスから来ていると説明する。
このようなバイアスは、マーケット全体で相殺されるのではなく、投資家は同じ方向に同時に「誤り」を犯すため、全体でも相殺されないことがデータで示された。
この発見に対し、伝統的ファイナンス理論は落ち着き払って対応した。バイアスのある「誤った投資家」群が市場で取引しても、結果として現れる市場価格には影響を与えない。なぜなら、正しい価格を知っている「合理的な投資家」が、誤った投資家群によって形成された取引価格と合理的価格の間にギャップを発見し、裁定取引によって利益を上げ、価格ギャップがある限り裁定取引を続けて市場価格は合理的な価格に引き戻されるからだ。
つまり、誤った投資家群が生み出した市場価格に対するノイズは瞬く間にかき消され、市場はピュアな効率的市場に戻り、投資家の市場価格に影響を及ぼさないのである。したがって、行動を分析する必要はなく、結果である市場価格だけを見ていればよいのだ、という美しく便利な理論は守られることになった。
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| 裁定の限界と投資家気運 |
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このような効率的市場仮説に対し反論を唱える行動ファイナンスは、証券価格データを基にさまざまな理論モデルを提示し、過去一〇年において急速に発展した。この流れをアメリカの元財務長官ローレンス・サマーズ(現ハーバード大学学長)と共につくり上げたアンドレ・シュライファー(翻訳書ではアンドレイ・シュレイファーと表記されている)が、自らの学術論文の研究成果を体系づけ、まとめたのが『金融バブルの経済学』である。本書は行動ファイナンスを専門としない聴衆に向けた講義が基になっている。
シュライファーは、行動ファイナンスは、裁定の限界(limited arbitrage)と投資家気運(investor sentiment)の二つから成り立っていると言う。まず、さまざまな投資家気運により、証券の市場価格は、将来のキャッシュフローなどのファンダメンタルズに基づく合理的価格から乖離する。効率的市場仮説が言うように、裁定取引が十分に行われれば合理的価格に回帰する可能性もある。しかし、現実にはリスクがあるため裁定は不十分にしか行われず、市場価格はファンダメンタルズに基づく合理的価格から乖離する。
現実の裁定取引におけるリスクの一つが、「ノイズトレーダー・リスク」である。ノイズを生み出す投資家たちはどのように行動するかわからないため、ある証券価格に対する過大評価というノイズは、新たなノイズによって、さらなる過大評価というより大きなノイズになる可能性がある。市場をピュアで効率的にする役割を担う裁定投資家も、このリスクに対抗しえず、市場価格は合理的価格から乖離したまま、市場は効率的ではなくなる。
ノイズは、個人投資家のみならず、裁定取引者に当たると思われている機関投資家もつくり出す。機関投資家は、資金を拠出する投資家の代理人として市場で投資を行い、確実に収益を上げるために裁定取引で稼ごうとする。しかし、資金の出し手は、機関投資家の能力と実際の投資行動を観察できない。観察できるのは、機関投資家のパフォーマンスだけだ。
ある時、市場にノイズが発生し、機関投資家が保有証券の価格下落によって損失を出したとする。すると資金の出し手は、委託先の機関投資家の能力が低いと判断して資金を引き揚げる。ノイズにより割安となっている証券を抱える機関投資家は、これから利益を上げることができるはずなのだが、絶好のチャンスを目前にして、証券を売らなければならない。こうなると、その証券はますます合理的価格から乖離していく。
裁定取引投資を行う機関投資家は、レバレッジ(てこ)を効かせて資本投資収益率を高めるために、保有証券を担保に多くの借り入れを行っていることが多い。しかし、この証券価格が下落して担保価値が下がったことにより、借り入れ返済の必要が生じるため、ほかの保有資産も投げ売りしなければならなくなり、この証券も合理的価格から乖離し、暴落する。
このように派生的に発生したノイズに汚された証券を持つ機関投資家も、個人投資家群と同じプロセスにさらされることになり、このノイズは市場全体に波及する。ノーベル賞経済学者をはじめとするドリームチームによる投資会社のLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の九八年の崩壊も、このプロセスの一例といえる。
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| 行動ファイナンスの醍醐味 |
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シュライファーは、投資家の心理のみならず、裁定取引に限界があるがために、初めて行動ファイナンスが重要になるということを強調する。
投資家の心理が市場にとって重要なのは、裁定取引によってノイズがノイズとして消し去られずに実現した市場価格に残ってしまうからだ。その時初めて、ノイズおよびそれを生み出す投資家の行動を分析する必要が生じる。そこで、「非合理な」投資家のモデルがつくられ、その心理と行動が分析されるようになった。
非合理な投資家の行動がまったく予測できないノイズである場合には、合理的な投資家は、ノイズを消す裁定取引者として、不十分であっても市場に安定性をもたらす。だが、ノイズがノイズでなくなり、行動が分析されモデルとなった瞬間に、合理的な投資家はこれを利用して、利益を上げようと行動する。
たとえば、市場価格が上昇すると、これに追随する投資家がいる。彼らの行動を予測する裁定投資家は、先行投資をして証券価格を上昇させ、追随する投資家群が大量に流入し、価格が高騰した時に売り抜ける。いったん下降に向かうと追随する投資家は売却に走り、価格は暴落する。本書でシュライファーは、これをモデル化して紹介している。
投資家心理の分析だけでは、個人投資家の内部の動き、あるいは行動を分析するにとどまり、行動ファイナンスの真髄は味わえない。現実市場では、さまざまなプレーヤーの行動と、その相互依存関係こそ重要であり、そこにおもしろさがある。それを正面から分析する行動ファイナンスは、現実の投資に役立つ経済学なのである。その醍醐味をシュライファーの本は提供してくれるであろう。
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| 金融バブルの経済学 |
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アンドレイ・シュレイファー=著 兼広崇明=訳 東洋経済新報社 |
2001年発行 定価 2,600円 (税込) |
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| バブルの教訓 |
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さて、だれもがここで思い起こすのは、群集心理とバブルであろう。これには、ジョージ・ソロスの『ソロスの錬金術』とエドワード・チャンセラーの『バブルの歴史』という二冊の興味深い本がある。
前書は八七年の大暴落を予言するなど大反響を呼んだ投機家ソロスの告白本(八七年出版)の新版である。ソロスは、「ケインズに匹敵する社会科学者になりたかった」と本書で告白している。実際、「本書は私のライフワークである」と語り始め、前半では、学者にはなれなかった自己の社会観を懸命に理論化しようとしている。後半は、市場で自己の理論を証明しようとする「実験」を記録したソロスの投資日記となっている。
「社会はすべて再帰性で説明できる」と主張するソロスは、市場で実証することで初めて自分の理論が聞いてもらえること、そして、実現した投資利益でしか、自己の理論の正しさを示すことはできない、という痛々しい告白をするのだ。
ソロスが主張する「再帰性」という言葉は、フランス語で主語と目的語に同一主体を取る動詞を「reflexive」と呼ぶことからきている。つまり社会現象においては、主体が動くことで、その主体が含まれている社会全体が動いてしまい、それが再び主体を動かしてしまう、という主張なのである。
一方、『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーともなったチャンセラーの著書は、チューリップ・バブルから八〇年代の日本の神風バブルまで、九つのバブルを描写し、紀元前の共和制ローマにおける投機と金融制度にまで触れている歴史書である。
チャンセラーは一貫して投機を批判し、人間の欲望は古来より普遍であるとも主張するが、「バブルは繰り返す」ということだけがメッセージなのではない。シュライファーもバブルの事例を分析しているが、この二人の分析のメッセージは、驚くことに同一のものである。
それは、ほとんどのバブルには、価格上昇、あるいは投機熱を膨らませた仕掛け人がいて、その仕掛け人とバブルは、政治家などの権威からのサポートを受けているという事実である。さらに、それぞれのプレーヤーの行動の相互作用が社会や市場を構成しており、その相互作用により社会や市場が安定化するとは限らず、常に荒れ狂う可能性があるというメッセージは、三冊に共通するものである。
非経済学者であるソロスとチャンセラーは経済学を正面から批判しているが(ソロスは古典派の均衡概念、チャンセラーは効率的市場仮説)、その標的は、シュライファーが批判するものと同一であることも興味深い。
再び、現実社会から経済学への、今度は逆方向のリンクが確立した。ソロスが、また再帰性が現れた、と喜んでくれるに違いない。 |
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| ソロスの錬金術 |
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ジョージ・ソロス=著 ホーレイU.S.A.、 パシフィック・アドバイザリー・アンド・コンサルタント=訳 総合法令 |
1996年発行 定価 3,398円 (税込) |
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| バブルの歴史 |
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エドワード・チャンセラー=著 山岡 洋一=訳 日経BP社 |
2000年発行 定価 2,400円 (税込) |
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評者プロフィール |
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評者: 小幡 績 慶應義塾大学 ビジネススクール 助教授 |
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1992年、東京大学経済学部卒業、大蔵省(現財務省)入省、99年退職。2001年、ハーバード大学経済学博士課程修了。一橋大学経済研究所専任講師を経て、2003年より現職。専攻は企業金融、行動ファイナンス。著書に『コーポレート・ガバナンスの経済分析』(共著、東京大学出版会)がある。 |
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