DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
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BOOKS in REVIEW
  2006年04月28日掲載 前の掲載> BOOKS in REVIEW一覧
「節目」をデザインするためのキャリア論
評者: 金井壽宏 神戸大学大学院 経営学研究科 教授
今回紹介の書籍
カメラマンからカワラマンへ
山田脩二=著 (筑摩書房)
キャリアカウンセリング入門
渡辺三枝子、エドウィン L.ハー=著 (ナカニシヤ出版)
キャリア・ダイナミクス
エドガー H. シャイン=著 (白桃書房)
経営学のなかでのキャリア論
 経営学を学んでいてよかったと思う瞬間はどのような時だろうか。
 会社全体の大きな方向づけを考える経営戦略という領域があると知った時。歴史のなかで起業者の営みをとらえるダイナミックな視点があると知った時。初めて経理を学び会計学の大切さに気づいた時、組織のなかの人間行動について、洞察が深まった時。どのような時に経営学を学んでいてよかったと思うのだろうか。
 大学で経営学の研究と教育をするなかで、あるいはMBA院生と実際の問題を話し合っているなかでも、学んだことを実践に役立てること、異なる科目を統合的に学ぶこと、自分の置かれた状況や自分自身に引き寄せて考えることの大切さに気づく。
 経営学においてキャリアというテーマは、企業全体の戦略や計数管理の実務とは直結しないが、組織の内外での自分の生き方、働き方を内省し将来展望するうえで注目度を増しつつある一分野だ。それは一見すると非常にミクロなテーマだが、マクロにつながる。つまるところ一国の元気を支えるのは、働く一人ひとりの元気だ。また、マクロの雇用動向、会社レベルの人事のあり方は、個人のキャリアと結びついて初めて自分自身の問題としてとらえることができる。キャリア・デザインに変化を実感し始めるなら、それは国家の問題を語ることにもなっていく。
 経済社会のダイナミックな時代の潮流においても、各人の長期的な働き方に大きな変化が生じつつある。節目における会社全体の方向づけが経営戦略なら、節目における個人のキャリア・デザインとは、個人の長期的な戦略ともいえる。
 経営学のなかのキャリア論は、四半世紀の歴史を持つにすぎないが、近年、わが国でも徐々に知られるようになってきた。心理学における生涯発達の心理学、社会学におけるライフコース(人生行路)の社会学など、基礎学問分野の貢献も大きい。
 経営学における組織行動論は、産業社会の中心的な組織である会社で、特定の職場、特定の仕事に従事するヒトの姿を描くには適切だ。会社や仕事の場をフィールドに持つ経営学だから、かえって眺めがいいという面がある。しかし経営学だけに閉じこもっていては見えない部分も大きい。
キャリア・デザインとジョブ・デザイン
 本稿で皆さんといっしょに考えてみたいことは、「個人にとっての節目」と「社会にとっての節目」(変革期)である。それを考える素材となる文献は多数存在するが、ここでは経営学、カウンセリング心理学、実践家の自叙伝から三冊を紹介していきたい。
『キャリア・ダイナミクス』は、キャリア論の重鎮、MIT名誉教授のエドガー・H・シャインの手による古典で、評者のゼミでは必読文献である。キャリアをテーマにする人が必ず手にする名著で、キャリアの段階ごとに出会うことになる個人の課題と人事部の役割が描かれている。学生には高価な本だが、キャリアを歩むなかで何度も読み返すことになるから薦めている。
 シャイン教授は私の大事な恩師の一人だ。「洗脳から組織のセラピーまで――その心は“ヘルプフル”」(『CREO』エドガー・シャイン特集号、神鋼ヒューマン・クリエイト、二〇〇〇年一二月)に長い師弟対談が和英対比で掲載されている。ボストン郊外のケープコッドにおけるこの対談は、私にとってもキャリアの本をまとめる間際に貴重な機会だった。
 この時の対談によれば、『キャリア・ダイナミクス』は「組織文化」についての研究が失敗したことがきっかけとなって生まれたという。MITに着任したシャインは、四四名の同校卒業生を調査対象にして、組織の価値観が個人の態度や行動に与える影響を調べていた。卒業生の追跡調査を続けると、個人によって組織の影響を受ける人もいれば、あまり受けずにマイペースの人もいる。またアメリカのことなので、会社ごと移っていってしまう人もいる。
 個人には、仕事が変わっても、また会社ごと他に移っても、自分を貫くものがある。シャインはそれを「キャリア・アンカー」と名づけ、キャリアを長い航海になぞらえ漂流するなかでの係留点になると考えた。
 流されるだけではいいキャリアは歩めない。節目では、自分の内なる声に耳を傾けて大きな方向づけを選ぶ必要がある。その時に役立つツールの一つがキャリア・アンカーだ。本書でも第一〇〜一二章がこのトピックに割かれている(評者が訳した白桃書房『キャリア・アンカー』という診断のためのブックレットもいまでは一般書として使用可能である)。
 だが考えてみてほしい。個人が自分を貫き通すことは大切だが、それを一つ間違えるとただのわがままだ。自分の芯は通しても周りからの要望にきちんと応えられなければ、いいキャリアを歩もうにも職場で生き残ること(サバイバル)はできない。
 これは直接的にはキャリア・デザインの問題でなく、ジョブ・デザインの問題であり、個人が組織のなかで自分の役割をどのように意識するかという問題だ。後に『キャリア・サバイバル』(金井訳、白桃書房、二〇〇三年)という本でツールが紹介されるが、シャインは対談でも、「これはキャリアの問題ではない」と強調していた。
『キャリア・ダイナミクス』という古典的名著の意味合いは、自分らしく生きること(キャリア・アンカーの問題)、その時々の仕事状況での職務や役割がうまくこなせること(キャリア・サバイバルの問題)の両面、とりわけ前者の重要さを指摘した点にある。また、組織への加入直後、慣れていく時期、キャリア中期などにおける発達・適応課題を明らかにした点も評価されるだろう。
 リアリティ・ショック(入社直後、異動直後のショック)や心理的契約など、近年ようやく日本でもよく議論されるようになりかけた概念を、二五年も前に指摘していたことも読み返すと興味深い。
表紙
キャリア・ダイナミクス
エドガー H. シャイン=著 二村敏子・三善勝代=訳
白桃書房
1991年発行
定価 3,990円 (税込)
社会変革とキャリア・カウンセリング
『キャリアカウンセリング入門』は、キャリアの問題を変革期の日本においてどのように考えるべきかについて実践的視点を授けてくれる。筑波大学の渡辺三枝子教授が、自身の恩師でありアメリカのキャリア・カウンセリング論の碩学、エドウィン・L・ハー教授と共に著した。
 評者が主催して長らく続いている人事関連の研究会でキャリアの問題を取り上げた時、キャリア・カウンセリングについて議論したがわからないことが多すぎて、参加者の間で消化不良感が残ったことがある。その翌年、同じトピックを考えるために、渡辺教授に来ていただき、わが国でのキャリア・カウンセリングの議論そのものがいかに歪んでいるものかが初めてわかった。つまり、前年に消化不良だったのは、私たち自身の理解力がなかったからではなく、実際に混乱があったからなのだ。
 わが国でのキャリア・カウンセラー(およびキャリア・コンサルタント、キャリア・アドバイザー)をめぐる理解、育成プラン、行政の関わり方、既存の専門職との関連、資格の問題等が複雑に絡んでいる。これを解きほぐすのは、相当に力のある人で、カウンセリングにも仕事の世界にも詳しい人でなければできないことだとわかった。
 その後渡辺教授には、さまざまな研究会でもご登壇いただいた。いまはそのような機会に教えていただいたことが『キャリアカウンセリング入門』で読めるからありがたい。しかも直接薫陶を受けた恩師ハー教授(注1)との日米をつなぐ共著というのがいい。
 本書の序章は、先述した研究会での講演を彷彿とさせる内容で迫力がある。キャリア・カウンセリングがこうだと決めつけるのでなく、なぜとらえ方が多様化し、現在日本で混乱があるのかが解説されている。
 同じキャリア・カウンセリングという言葉でも、(1)職業相談・職業紹介、(2)進路指導((1)と(2)はかつてからあったことに新しい名前をつけただけ)、(3)治療(セラピー)というほど深刻でない仕事や職業に関わるカウンセリング、(4)個人のキャリア形成への個別援助、(5)組織のなかでのキャリア計画の支援、(6)マッチングよりも発達を重視する独自の(従来の(1)や(2)とは異なる)キャリア・カウンセリングと、少なくとも六通りの異なる現象が扱われていると著者は指摘する。
 しかし、混乱を説明するだけが本書の狙いではない。カウンセラー育成に際しての理論的基盤、その活動内容と実際の活動のプロセス(介入=インターベンションと呼ばれる)が詳しく描かれている。
 キャリアは、働く個人の問題であると同時に、社会変革期にクローズアップされる。そのためアメリカでは、社会の変革期をうまく乗り切れず留まっている個人を支援するためにキャリア・カウンセラーが生まれたという経緯がある。アメリカでのキャリア・カウンセリングの発達の歴史的経緯を踏まえながら、現在の日本においてキャリア・カウンセリングをどのように新しくとらえ直し、キャリア・カウンセラーの育成をどのように行うべきかを示唆してくれる。
 著者の立場に賛成・反対を問わず、わが国におけるキャリア・カウンセラーのあり方、将来、育成の方向について、基礎となる素材を提供してくれる本書には、節目だけはしっかりキャリア・デザインしてほしいと主張してきた評者の立場(注2)からも役立つ示唆が多い。変革期の日本にキャリア・カウンセリングが求められるなら、それはどうあるべきかを考えたい人(キャリア支援の専門家や人事部の人だけでなく、働く個人、とりわけ管理職以上の人)には、ぜひ目を通してほしい。
 日本のミドルには節目だけはデザインしてほしいと願って止まない。社会全体も人事制度も大きな節目を迎えた時代に、彼らは「人生の半ば」という節目を過ごしている。節目のデザインが肝心なら、ミドルはその主人公の一人だ。
 さらに、ミドルに限らず、就職前の若者も、転職を考えている人も、ずっと天職を歩むつもりの人も、いまのこの時代を特徴づけている変革期に節目をくぐる。キャリア・カウンセリングを生み出したアメリカでは、社会の大きな変革期に職業指導というかたちで、キャリア・カウンセリングの萌芽が生まれたことの意味合いを噛み締めて考えるべきだ。
 時代の節目に個人的にも節目をくぐる人に、プロとして、あるいはより若い世代をケアすべき世代の人間として、キャリア上何ができるかを考えるうえで、キャリア・カウンセリングの知識はそれを専門の仕事に選ばない人にも大切な視点を授けてくれるだろう。
興味あるキャリアに触れることの大切さ
 いいキャリアを歩むためには、いいキャリアを歩んでいる人の物語を聞くことだ。キャリアの研究者として、評者は、調査・インタラクティブな研修などのあらゆる機会を通じて、人のキャリアの話を聞いてきた。
 もっとも、すべての人に会えるわけではないので、直接話を聞けるのは最高の栄養だが、書かれたことからキャリアについて学べることも多いことも強調しておきたい。
『カメラマンからカワラマンへ』は、キャリアの問題は、働く一人ひとりの実践の物語のなかに位置づけられないとダメだと実感してもらうために取り上げた。心ある生き方、働き方は、各人の個性の数だけ多種多様だが、節目ごとに大きく変わりながらも筋を通したキャリアの劇的な見本の一つがここにある。キャリアについて理解を深めたい人は、自分のキャリアを内省・構想するだけでなく、他人のキャリアの物語に耳を傾けることが重要だ。直接会えない人の生涯、長期的な仕事生活についても、適切な自叙伝や伝記があれば学ぶことができる。
 著者の山田脩二氏は、印刷もわかるグラフィック・アーティストから日本の写真家一五選に入る写真家に転身し、ついには瓦焼きとなって将来は炭を焼きたいというような人だ。節目で大きく変わりつつも、印刷も写真も瓦も炭も、複製芸術的でいずれも「焼く」ことに関わっている。キャリアや人生には三筋も四筋もありながら、一本筋が通っているのがいいと言う。
 評者は山田氏にインタビューしたことがある。(注3)評者は、節目だけはデザインをすること、節目と節目の間では勢いに乗ることが大事だと主張してきた。その趣旨に最もよく合うので、山田氏のユニークな自分語りの本に触れたいと思っていた。
 ちなみにサブタイトル「Developing-From Photographs to Roof Tiles to ...」の「Developing」には、現像、発達の意味がある。「to...」になっているのは、著者が今後も炭をはじめさまざまなものを焼き始める時に節目をくぐるというわけだ。すごいシャレだ。
 評者にとって本書は、キャリアを考える最高の見本の一つだが、皆さんなりにキャリアを考えるなら、ビジネスの世界でモデルと思える人、ビジネス以外でモデルと思える人の自叙伝や伝記をひも解くことを薦めたい。励みとなる本が必ず見つかるはずだ。
 特に三〇代、四〇代以上の人は、その人の年譜を手に、自分がその年の頃何をしていたか考えながら、大切と思える人のキャリアの節目を読み解いてみてほしい。自分が仕事でプライベートで尊敬するほど影響を受けた人の伝記を手に、その人のキャリア・アンカー、節目ごとのサバイバル状況を読み解いてみよう。
 キャリアについて学ぶには、自分の過去を振り返り、将来を展望すること、また、自分がモデルと思う人物に学ぶことなしにはありえない。それをせずに、いいキャリア・カウンセラーやメンターになることは難しいだろう。
表紙
キャリアカウンセリング入門
渡辺三枝子、エドウィン L.ハー=著
ナカニシヤ出版
2001年発行
定価 2,310円 (税込)
表紙
カメラマンからカワラマンへ
山田脩二=著
筑摩書房
1996年発行
定価 1,155円 (税込)
評者プロフィール
評者: 金井壽宏  神戸大学大学院 経営学研究科 教授
1978年京都大学教育学部卒業。80年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程、およびマサチューセッツ工科大学博士課程修了。同大学経営学部教授を経て、99年より現職。専門は経営管理・経営行動科学。著書に『働くひとのためのキャリア・デザイン』(PHP新書)、『キャリア・デザイン・ガイド』(白桃書房)、『人事が会社を元気にする』(共著、日本経団連出版)、『仕事で一皮むける』(光文社)、『会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング』(編著、日本経済新聞社)などがある。
この書評は下記の号に掲載されたものです。
表紙
2004年3月号 定価 2,200円(税込)
特集:チャイニーズ・スタンダード戦略
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